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6.5 ウィルの独白

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生まれた時から僕に"父さん”は居なかった。

母さんは僕が生まれた頃ずっと下町の宿屋で洗濯女中をしてた。だけどいつの頃からか母さんは家にいるようになって、身体を壊して辞めたって、そう言ってたけど、その少し後、僕には弟が出来た。

少しだけ覚えてる…。僕を背負って近所の宿屋で洗濯してたこと。
暑い日は日差しの中で汗をかきながら、寒い日は指先を真っ赤にしながら、だから僕ももっと大きくなったらちゃんと手伝おうって思ってた。なのに…それより前に母さんは洗濯女中を辞めたんだ。

家に居るようになった母さんには月に一度立派な服を着た立派な人が美味しいお菓子を持って訪ねて来るようになった。

そのお菓子を貰った日だけは、「陽が沈むまで家に戻ってはいけないわ」そう僕らに言って母さんはその人を迎え入れた。僕は3つ下の弟、コリンをおぶって木の実や小さな果実を探して時間を潰してた。

贅沢じゃないけどキレイに片付けられた部屋でいつも僕らは笑っていたし、母さんの手からあかぎれが消えていくのは嬉しかった。

立派な人はいつも立派な馬車でやって来る。下町に不釣り合いな立派な馬車。
良い人か悪い人か、そんなことも分からないくらいその人は僕を見なかったし、僕と少し大きくなった弟もその人とは一度も話さなかった。だけど母さんはいつも嬉しそうにしてたから、それなら良いかって思ってたんだ…。

そんな毎日が続くと思ってたのに…、ある朝、母さんは何時まで待って起きてはこなかった。心配して揺すってみると、母さんの身体は…冷たくなっていて…身体を壊したって…本当だったんだなってその時知った…。

母さんがいつも僕に言ってたことがある。

「いいわね?もしも母さんに何かあったら村3つ超えた向こうの公爵邸に行きなさい。大丈夫よ、ちゃんと話はしてあるからね。安心なさいって言ってくださった…あの方はきっと約束を守って下さる…。」

そう言って僕に一枚の紙を持たせてくれたんだ。だから小さく折りたたんで、大事なそれは胸のお守りに、母さんが縫ってくれた手作りのお守りに大切にしまっておいた。

そうして母さんの言う通り、あの立派な人を頼って、僕と弟はここへ来た。



そして分かったのはあの人がこの大きな領のご当主様だってこと。
立派な服…、立派な馬車…、そして立派なお屋敷…。お守りの紙をお屋敷の人に見せると母さんの言った通り、僕と弟は無事お屋敷で働けることになった。でもあの立派な人は僕と弟には会いに来ない。
母さんに会いに来てた時と同じ、僕と弟に何の興味も示さなかった。

僕らに命令するのはお屋敷の女主人。後から分かったんだけど正妻ではないんだって…。

与えれれたのは陽の当たらない地下の冷たい寝台。寝ようと思っても一日わずかな黒パンとカビたチーズ、具の無いスープじゃお腹が空いて眠れなくって、僕と弟は泣いて、泣いて、母さんに会いたくって、淋しくて、まともに動くことも出来なくって転んでばかりいた…。

奥様はとても怖くて、そして厳しくて、僕と弟は毎日鞭打たれて…そうしたらあざだらけの身体が痛くて辛くて、ますます失敗ばかりすることになって…

僕はいいんだ。けどコリンが可哀そう…。だってコリンはまだ6歳で…それに母さん亡くなる前の夜、小さな声で僕に言ったんだ。

「コリンのことはきっとあの人が面倒を見て下さる…そうよ。だってコリンはあの人の血を引くんですもの…。ウィル…、何があってもコリンを守るのよ…。そうすればあなたのことだって一緒にお屋敷において下さるにちがいない…。…コリンの従者になるのかしら?ああ素敵…。だから心配要らないわ…きっと大丈夫…何も心配しないで…」

きっと母さんには分かってたんだ。自分に明日の朝が来ないって事…。母さんごめんなさい…。あの立派な人にとって僕たちは道端の草木と同じ。あの人が好きだったのは母さんだけで…。ごめんなさい…僕にはコリンを守れない…。


「止めてってば!鞭とか折檻とか…見るのも聞くのも不愉快だよ!」
「いいえレジナルド様。これは本邸の問題!」
「こんな子供に土下座までさせて…大人の風上にも置けないな!」
「この二人は本邸の使用人。口出し無用!」


絶望に挫けそうになったその時、地面につけたら頭の上からクロウタドリの様な子供の声が聞こえてきた!
その声は柔らく慈愛に満ちて、不思議と僕の心を安心させる、そんな力があって…この声をずっと聞いていたい、そう思った…


「…分かった。修繕費の名目でいくらか追加の予算を回しておく。だからこの子たちは別邸でもらう。それでどう?」


えっ?ウソ…、もしかして僕たちを連れてってくれるの?

思わず見上げた僕が見たのは、艶やかで柔らかなラベンダー色の髪と瞳を持ち、背中にフワフワの翼を背負った、まるでこの世のものとは思えない程綺麗な顔をした少年だった。

よく見たらその翼は背後の雲だったけど、まるで天使様が僕たちを憐れんで地上へ迎えにきてくださったみたいで…

この子はきっと、皿洗いのジニーさんが言ってた別邸に住む侯爵様だ。僕と無い年の、でもれっきとした侯爵様。恐ろしい魔力でいつか死んじゃうっていう…母さんと同じ、可哀そうな運命を持つレジナルド様。

神様!命なら僕のを差し上げます。だから天使様を連れてかないで…!


奥様はもう僕のことなんか見ていない。仕立ての良い服を着たラベンダー色の髪をしたキレイな男の子を怖い顔のまま睨みつけている。

て、天使様に向かってなんて罰当たりな…!でも天使様のほうがずぅっと偉いみたいで、奥様は僕たちを置いてずかずかと屋敷の中へ入って行った。



「さぁ行こうか二人とも。何も心配いらないからね。ところで君の名前は何?」
「ウィルです。ウィルと言いますレジナルド様」

「ウィルとコリンだね。僕のことはレジーでいいよ。親しい人にはそう呼ばせてる。歳も近いんだしレジーって呼んで」


彼の住む別邸までは豪華な馬車に乗って移動した。それでもこれは敷地用だから小さいんだって教えてくれたけど、コリンはそれだけでもう夢みたいって何度も笑って…久しぶり見るコリンの笑顔…良かった…。

その別邸は本邸より小さく無駄な装飾の無い、それでも暮らしやすく整えられたとても気持ちの良い場所だった。
そこで彼は僕たちをお風呂に入れてくれて、その時目にした僕たちの鞭傷にすごく怒ってくれて、それからその白くてきれいな指で薬を塗ってくれて、それが済むと美味しいご飯をお腹いっぱい食べさせてくれた…。


「3階の陽当たりの良い部屋が君たちの部屋だよ。今夜はそこでゆっくり休んで、そうしたら明日からは僕の身の回りのお世話をしてね」


慈悲深い天使の様なレジー様。この日僕にはラベンダー色のとってもステキなご主人様が出来た…。





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