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221 彼は日常の中へ

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5月も半ばを過ぎて若葉が風に揺れる頃、ようやくカレッジには学生たちが戻ってきた。
でもほんとは4月、ユーリが王都へと出発して領民たちが地上へと顔を出し始めた頃…新芽みたいだな…とにかく地下から出てきた頃、何分の一かの学生たちはフライングでリッターホルムへと戻っていたらしい。

そして彼らがそこで目にしたふかふかでサラサラの真っ黒な堆肥土、発酵途中の臭い匂いもその頃には柔らかな匂いへと変化を遂げ、その全てがどれほど良質な土であるかを物語っていたという…。

その話をいち早く聞きつけた学生の親や出入りの業者たちはさらにその噂を広めてまわって、お陰で次から次へと視察にやってくる国中の領主にはすこしうんざりしているところ…。いやね、視察に来れるような領主って事はそこそこ高位の貴族な訳で、立場的におもてなししないわけにはいかないからね…。

そのタイミングで王子、もといケネス王太子殿下は大々的に、この数か月間王都民を騒がした王太子と公爵の諍い?に関して錯綜する噂を払しょくした。


「私が主導で進めるつもりでいた農地改良をリッターホルム公爵は先走っておこなってしまったのだ。いや、もちろんそれはヴェッティ王の名のもとに行われたのだが、私は何も聞いていなかったのでな。少々立腹したのは否定せぬ。だがやってしまったものは仕方ない。せめて誰よりも早く実地で説明を受けこの目で経過を確認するためもう一つの公爵領、マァの村へと無理やり連れて行ったのだ!」


そこで確認した腐葉土の出来は想像をはるかに上回るもので、今度こそ殿下の施策によってこれを国中に広め、作物の収穫高を5か年計画で3倍にすることが決議された、なーんてね。

これだけ聞くと出来る王太子みたいだ…ムム…、…まぁいいか…

そのケネスからの手紙にはシグリット姫の解呪が報告されていた。ユーリの解呪薬を飲んで以来一度も発作は起きないと。でもあの黄金の林檎は御守代わりに一つ置いておくらしい。そして残りは大神殿に寄付したって。


そして前王には極刑が言い渡された…

魔女の蟲毒に飲み込まれた哀れな王の哀れな姿。0.1ミリくらいは同情するよ?その刑を決定した…ケネスの為に…

それよりも驚いたのがその報告の最後の一文。
沈む元王妃を慰めるヴェッティ王とその元王妃様がなんだかいい感じだって…う…嘘…

でも大公は弟への負い目を感じて今日まで独身を貫いてきたんだから…、そろそろ遅まきの春を迎えたっていいよね?





そして肝心のアレクシさん…

結局アルパ君はアレクシさんについてこのリッターホルムへとやって来た。正直意外な展開だ…
自分の両親と公爵家の確執、全く知らない訳じゃぁなかろうに…。けどまぁ…無理もない。

なにしろこのアルパ君、僕と一つしか変わらないというのに恐ろしいほど子供っぽい。
主体性がとことん欠如していて、右と言えば右を向くし左と言えば左を向く。そのことを少しも疑問に思わない、よく言えば素直、悪く言えば自己の無いそんな少年…。

アデリーナとマテアスの美貌を受け継いだ彼は一般的に見てとてもキレイな顔立ちなのだが如何せん、その自己の希薄さが全てを台無しにしている…。


先頭きって反旗を翻したオーケソン侯爵は、その責任の大半を王の封蝋環を手渡したアデリーナへと擦り付けた。
反乱の首謀者はいつの間にかペルクリット伯爵夫人、そう言う事になっていた。

マテアスは王都に居ないながらも遠方で収監され、乱の首謀者である伯爵夫人は騒動の最中自害した(そういう事になっている)と、アルパ君には伝えられた。彼は大層驚き、そして深く嘆き悲しみ…けどそれだけだったって。
あとは何を聞いても「全てお任せします」「どうすればいいですか?」その繰り返し…。

う~ん…

よくあるラノベのテンプレでは過保護な貴族子息ほど意地悪でプライド高かったりするものだけど、僕は知っている…。
『自立できない子供、させたくない親』あのシビアな本にはこう書かれていた。過保護も限度を超えると子供は自発的な思考や行動の機会を失い心が育たないって…。いったいどれ程だったのか…

だけどモノは考えようで何も聞かされず全てを目の前から隠されていたアルパ君はある意味真っ白なキャンバス。
決して…けぇぇぇぇっして!方向性を間違えないように育て直しをしなくては…。なにしろ両親はあのアデリーナとマテアスなのだ…。

だからってこの屋敷に連れて来る訳にも行かないからね、彼は教会でスヴェンさんが面倒を見てくれることになった。
なぜ王都の大神殿でなくこのリッターホルムの教会か。それはアルパ君が優しいアレクシさんから離れたがらなかったからだ。
あの親にしてこの子あり…。アレクシさんにベッタリとは遺伝って怖い…。

ウソウソ、単に不安だからだろうけど。

何と言ってもあの容姿、…このまま放り出したらあっという間に娼館辺りへ売られておしまいだ。王都に今や彼の味方は居ないのだ。反逆者の子である彼の味方は一人として…。

そしてアレクシさんは続けて言った。


「彼が少しでも生きやすくなるよう時機を見てやはり私の養子に迎えようと思う。あのか弱い少年にペルクリットの姓を背負っていくのは酷だろう…。」


大きな領地の家令は結婚しない人が多い。独身のまま一生を主家に捧げるのが通例だ。アンダースさんが結婚して子供まで設けていたのは公爵家に仕え続けるために他ならない。
だからアレクシさんがそれでいいならそうしたらいい。それもアレクシさんが自分で選んだ道になるんだから。





問題はノールさんだ。

アレクシさんがアルパ君を養子に迎える気でいると聞いて、ノールさんはかなり御冠だ。


「何?嫌なの?」
「だってあれだけユーリウス様を苦しめたアデリーナとマテアスの息子をどうしてアレクシが…。納得いかないよ!」
「僕だってそう思うけど、あの子は仕方ないよ」

「あの子って…ロビンより一つ上じゃないか。彼は貴族学院だって卒業してて、領地で経営の勉強だって始めていたんでしょう?いくら頼りないからって…」

「頼りないとかじゃなくて…会ったらわかるよ、赤ちゃんみたい。アレクシさんは…、そうだな、しいて言うなら彼の自己の薄さに自分を重ねちゃったかな?」
「自己の薄い赤ちゃん…」

「不死のアデリーナにとって17…18才、そんなの赤ん坊と同じだよ。僕のこともずっと子供子供って言ってたし」

「それは違う意味だと思うけど…」

「何のことかな?とにかく貴族学院だって通いだったみたいだし、一切合切お世話してきたんでしょ。やることなす事全部指図して。」
「でも…、でもそれとこれとは!アレクシが養子に迎える必要なんてないじゃないか!」

「不条理だよねぇ…、ノールさんの道理に反してるもん、怒るのは分るよ。でも僕たちにアレクシさんの選択を否定は出来ないよ。アレクシさんはこの先苦難しかない彼を放っておけなかった。それこそがアレクシさんで、それを抑えつけたら今までと変わらない。ノールさんそういうとこだよ。」

「う…」

「心配ならむしろノールさんが積極的に関わればいい。僕はそうするつもりだよ」


誰に次いで頭のいいノールさんだ。言うべきことさえ言えば…、後は自分で考えるだろう。彼もまた発展途上の青年なのだ…。






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