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220 彼の凱旋

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アッシュ君の手を引いたユーリウス様が「私たちに構うな」と仰ったため、私やノール、珍しくエスターまでもが未だ終わらない祭りの賑わいの中に留まっている。
私の隣にはノールが居て…、二人篝火の燃え上がる炎を見つめながら、それでも紡がれるその言葉は私に向けてのものだった。


「アレクシ、その…。あの時アッシュ君が言ったことだけど…」

「あああれか。あれはもういいんだ。君に告げるつもりも本当は無かったのだし…、だがアッシュ君の口からとは言え私の気持ちを伝えられてむしろ良かったのかもしれない」

「僕はその…、…そうだね。僕も君の気持ちを聞けて良かったと思う。あの、僕は昔からいい加減なことが許せなくて…、それで友人も少なくて…実際のところここに来るまでろくに友人なんて…。もう君も知ってるだろうけど。」

「いやそれは…」

「だから恋愛が10年早いのは僕も同じ。僕には人と関わり合うための経験がまだまだ足りないんだ。それでも待っててくれるヘンリックはもの好きだよね」
「それだけ真剣なんだろう…」

「なのに僕ときたら…。こんな僕を好きになってくれてとても嬉しいよ。アレクシありがとう。」

「こちらこそだ。思えば君は私にとって初めて出来た対等な友人で…、刷り込み見たいなものかもしれないな。優しくされたとかそんな理由…か。彼の言うとおりだ。私にもまだまだ経験が足りないようだ。これから精進するよ…」


私とノール、マァの村で過ごす最後の夜は、こうして心地よい祭りの喧騒の中、いつも通りのたわいない友人同士の会話を楽しみながら心穏やかに過ぎて行った…。





「母さん、父さん、それからタピオ兄さん、ホントにホントにありがとう。今度の秋はリッターホルムに遊びに来てね。うんと盛大にやるから」

「アッシュ、うんと盛大は難しいかもしれない。王都で起こった乱の影響でまだ落ち着かない貴族家も多い。恐らく接収された領地の振り分けもこれからようやく始まるだろう。」

「そっか…、じゃぁ今年は身内でこじんまりと濃いのにして、来年!来年の秋は楽しみにしてて!特別盛大にやるから!」


「必ず行くわね。それまでに顔出せるなら出しなさい。あんたはほっとくと何やってんだか分からないんだから」
「こ、今回のは特別ってことで。もうない、ほんとに無いから!」

「アッシュ、俺は行けたら遊びに行くよ。殿下とスキーの約束したんだ。メチャクチャ面白いんだって?楽しみだな」
「え?」


アレクシさんに続きエスターと文通を始めたうえ、ケネスと、一国の王子と親しくなってる…だ…と…!? 
陽キャ×陽キャの化学反応…。に、兄さんのコミュ力って……


「凄いなタピオ君は…」

僕の代わりにユーリがポツリと呟いた…。






飛び立つ翼竜便。地上にはエスターたちが乗る別荘の馬車とアレクシさんの乗る貸し馬車が見える。
僕はユーリの羽織るウール100%のコートに招き入れられまたしても二人羽織の状態だ。


「朝早くからお弁当作って来たんだよ。どれがいい?」
「君が良い」

「ば、バッカ!」


なんてベタなこと言いながらイチャイチャしてたら寒さも感じなかったよ。そうして翌日には待ちに待ったリッターホルム!ああ、広大な土の匂い!約7か月ぶりだ!


「おーいオスモさーん!あー!ナッツだ!ユーリ、ナッツとサーダさんが居るよ!」
「サーダが…、これは珍しい…」

「アッシュー!ユーリウス様ー!アッジュ…!ふ、ふぇぇぇん!」
「泣くなナッツ。ほら、二人とも元気そうだ」


ご、号泣するナッツを見てたら、も、もらい泣き…、ぶ、ぶぇぇ…


「アッシュ、ほら涙と鼻を拭いて」
「う…ズズ…ユーリ…、…今日はナッツと露天風呂入って良い?」

「駄目だそれは!」


ドサクサに紛れたと思ったのに…







翼竜の停泊所から屋敷までの馬車はコーディーさんが出してくれた。しわだらけのその顔がなんだか少し笑ってるように見えたのは気のせいなんかじゃない。


「アッシュ、これも!これも食べて!アッシュの為に焼いてきたんだから~」
「食べたいけどもうこれ以上は…、ゥぷ…。サーダさんの作る真の御馳走が食べられなくなる…」
「何!それは許さん!」

「アッシュ、良ければ空腹を促す運動を手伝ってやろうか」
「あ、お構いなく」

「ねぇアッシュ~、どうなってどうなったか全部聞かせて~。今夜は寝かさないから」
「いつもの事だけどナッツが言うとおかしな意味に聞こえる。でもいいよ。朝まで話そうね!ユーリいいでしょ?」

「………仕方ない…」


だから何!その間は…。





生還パーティーは全員が揃ってから改めて…って事で、今夜は僕とユーリだけ、二人っきりのディナータイム。


「肌寒くはないかい?ここはマァよりも少し春が遅い」
「全然平気!ヒヤッとして気持ちがいい。それよりこっち来て!」


ユーリの手を引いてやってきたのは僕が作った緑のトンネル。ロッジアから奥のガゼボまでを繋ぐ緑の一本道。
いつかユーリに真の開放が訪れたら、その時はここを通って二人奥のガゼボで祝杯をあげようと思って用意していた蔓の絡まる緑のトンネル。
ほどよく絡まるのは春の花咲くクレマチス。その花言葉は…


「ああ、カカオの香りだ。とても甘い…。アッシュ知っているかい?この花の花言葉を」
「もちろん知ってるよユーリ」

「知ってて選んだのかい?なんて気が合うんだろうね。私も同じ気持ちだ」
「えへへ、あっ!ほらユーリ、ガゼボのテーブルもう準備が出来てるよ」


そこに並べられたのは夢にまで見たサーダさんの御馳走。(芋じゃない)
そしてナッツがこの日の為に完成させた渾身の逸品、ザッハトルテ。
ナッツが満足いくまで何度も試作を繰り返したそれらの失敗作(ナッツ比)はお屋敷の使用人へと毎日振舞われ…、みんなが少しふっくらしていたのはご愛敬だ。


「乾杯は何で?」
「ふふ、蜂蜜酒だ。リッターホルムの教会で作った普通の蜂蜜酒。私たちの門出にはぴったりだろう?」


恭しくお酒をもってきたのはヴェストさんだ。そして彼はそれを注ぐと一礼して屋敷へと戻って行った。

ヴェストさん…。
久しぶりの領主邸、その門をくぐろうとした時、…正門の前でまるで立ち塞がるように直立していたのがヴェストさんだった。
正門からお屋敷までは随分あるって言うのに何時から立ってたんだろう…。
そしていつものように表情をピクリとも動かさず言ったんだ。


「ようやくこのリッターホルム公爵家の当主であるユーリウス様の最善が叶いました。おかえりなさいませアッシュ様。さぁこの門をおくぐり下さい。そこはアッシュ様の最善でもあるでしょう。」

「ただいまヴェストさん。…ちなみにヴェストさんの考える僕の最善って何?」

「ユーリウス様が何の懸念も無く幸福に包まれ、そして…アッシュ様と手を携え歩んでいかれることです」


敵わないな、ヴェストさんには…。



蜂蜜の甘い香りにクレマチスの甘い香り。だけどそれ以上に甘いのはユーリの〝熟成”…いつの間に…

「もう離さない。今度こそ永遠に一緒だ…」




クレマチス。その花言葉は…『甘い束縛』…







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