上 下
204 / 275
連載

219 彼と過ごすワルプルギスの夜

しおりを挟む
「〝代償”…そんなスキルが…」


帰還の連絡を入れたエスターが教授から聞いた話。それは末子の従者と12家の誰かが強力な終身雇用を結んでいたという新情報だった。


「アッシュ、亡くなった家令、アンダースだが、彼は元は12家、最も早くに断絶となったヴァッソン侯爵家の末裔に当たる…。彼と息子の死ですでについにその直系は一人残さず途切れてしまった。私と君の婚儀の際訪れていたのも、ほとんど所縁の無い他人に当たる。それゆえ今まで言わずに来たが…もしかして彼がその〝代償”をもつ者だったのではないだろうか」

「そうかも知れない。それなら謎が解ける」


僕は地味に考えていた。家令は何故〝転移”を持つ者がいつか鍵になると知っていたのか、って。そしてそれを伝え継いだのかって。

家令の謎…

ノールさんが言うには契約系のスキルは履行されないと何らかのペナルティがあるって言う話だった。
それは聖約みたいに命がけのものとは限らない。けど、何も無いってことは無いだろう、って。
それを聞いていたアレクシさんがその憶測を後押しする。

「私を王都の裏びれたスラムで拾ったとき…、義父はこう言ったのです。」

『お前がそうだとすぐに分かった。支払われなかった代償は我が家系が肩代わりせねばならない。私がこうして公爵家に仕えているのはお前の代わりなのだ。その荷は本来お前が背負うべきもの。一人前になったなら身命を賭してユーリウス様に仕えユーリウス様の為に生きなさい。それがお前の運命さだめであり心の安寧を約束するもの。』

最初に断絶した12家の末裔アンダースさん。末子の従者に〝代償”をかけた男の子孫。
ヴァッソン家は末子の従者がその代償を支払わなかったことで、その家系もまたスキルの縛りに囚われた。
彼らは呪われ忌み嫌われる公爵家を転移持ちの男に代わって代々支え続けてきた…。そして転移のスキルを持つアレクシさんを見つけた家令が最初に投げかけた言葉は…そのまま今度はアレクシさんの楔となった。


「言葉の意味を読み解くに、このスキル下で代償を支払わなかった者に安寧は訪れないと言う事かな」

「それが違約料ペナルティか…。契約って怖い…。まぁ、僕に限って安易な契約なんか結ばないけど」
「おや何故だい?君はユーリ君と聖約を交わしているじゃないか」

「あれは問題ない。とにかく!僕は書類は何でも隅から隅まで読む男だよ。ざっくり…とか、ちょっと意味わからないな」
「だがあの時君は寝てた…、いやなんでもない」


軽口を叩けるまでに復活したアレクシさん。そこにやってきたのはそのアレクシさんを連行しに来たタピオ兄さん。アレクシさんは兄さんの指導の元、あれから毎日畑仕事を手伝っている。
健全な精神は健全な肉体に宿る、というのが兄さんの主張だ。つまりアレクシさんのメンタルがやや弱いのは肉体が弱いせいだと…。

ブルブル…ッ

身震いがする…。その理屈でいったら僕は精神がちいさ…、いいや!そんな訳無い!


「それでお前たち明日には一斉にここを発つんだろう?母さんが相当張り切ってるんだ。今夜は祭りの御馳走だ。間に合って良かったってな」
「イモのフルコースか…でも嬉しいな。お祭りだ!パーッとやろうよ!」


お祭りがあるから滞在を伸ばしたら?という僕の提案をすげなく蹴って、ケネスは捕まえた侍女や悪党どもを引っ立てて一足先に王都へと帰って行った。少しでも早くシグリットさんにあの黄金の解呪薬を飲ませてやりたいんだろう…。

僕とユーリは少し厚着して明日翼竜で帰る予定だ。これはユーリのリクエスト。上空は少しひんやりしてるけど10日前のノールさんより幾分ましだろう。ホントはノールさんとエスターにももう一騎、って思ったんだけどね…。

頑なにそれを辞退したノールさんとエスターは馬車で帰ることに。それからアレクシさんは…


「貸し馬車を借りてアルパ君を迎えに行くよ。侍女に聞いたがアデリーナは宿から義母へと手紙を出していたらしい。そこへ寄ってからリッターホルムへ戻る。彼女の最期の頼みだ…。せめてアルパ君の去就だけは何とかしてやりたい」

「仕方ない…。アデリーナと一緒になってやらかしてたあれやこれやが多すぎて多分ペルクリット伯爵家はお取り潰しになる。マテアスは今収監されてるし多分ちょっとやそっとじゃ出られない…、叩けば埃の出る体、罪状には事欠かないうえ大公は毛嫌いしてる。けどアルパ君に罪は無い。何よりここで負の連鎖はもう終わりにしたい…。」
「そうだな…」

「それでリッターホルムに連れてくるの?」

「いや、それは彼次第だ。遺恨があるようなら彼は神殿に預ける。そうでないなら…」
「そうでないなら?」

「私の養子に迎えてもいいと思っている。伯爵家が取り潰しになるなら尚のこと。あのアデリーナに散々甘やかされてきたというんだ、箱入りで育った彼に今さら庶民の暮しは厳しいだろう」


相変わらず甘いなぁ…甘い!甘すぎるよアレクシさんは!
けどそれがきっとアレクシさんの良い所で、トルコの伝統菓子『バクラヴァ』の様なその甘さに救われる人は必ず居るんだ、ユーリの様に…、アデリーナの様に…




………でも万が一リッターホルムにやってきたらビシビシしごいてやる…
僕がこっそり愛の鞭を決意していることなど何も知らないはずのノールさんは何故か同じことを呟いていた。

「魔女の息子だなんてどんな影響を受けてるか分からないよ…徹底的に矯正しなくちゃ。アレクシには無理だろうからこの僕が…」

再タッグを組む日は近いかもしれない…。




その日の夜は滅茶苦茶だった。

あまり冷え込まないマァの村でも初春の夜は少し肌寒い。でもそんなの関係ないとばかりに、並べきれないくらいの御馳走といくつもの酒樽、そして新たに組んだやぐらに火をくべたら、今夜はワルプルギス、再生の祭りだ!


「うえっへっへっへ!ユーリ飲んでるー?」
「それなりに。だが君はもう駄目だ。おぶって帰るのもやぶさかでないが明日の翼竜が辛くなるだろう?もう止めるんだ」

「だーいじょうぶだって!これくらいのお酒、僕だって少しは飲めるように、うっ!うぇ××××…」
「あ~あ、もう汚いわね。アッシュ、あんたはもう家に戻って休んでなさい!皆に迷惑かけるんじゃないわよ!ここは母さんが片付けといてあげるから!」

「うぁい…」


ユーリに手を引かれた帰路、別荘に戻るかと思いきやユーリは僕を実家に連れて行った。ユーリさん?


「以前からここで休んでみたかったんだよ。あたたかな温もりに包まれた場所。最後の夜をここで過ごしては迷惑だろうか?」
「どうせみんな広場で屍になるから別にいいけど…、最後の夜じゃなくて最初の夜ね。今日がこの世界の再生の日だよ」
「アッシュ…」

「あ、実家でふしだらな真似は無しね」
「…………分かった…」


何その間…、危ない所だった…。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

【完結】マジで滅びるんで、俺の為に怒らないで下さい

白井のわ
BL
人外✕人間(人外攻め)体格差有り、人外溺愛もの、基本受け視点です。 村長一家に奴隷扱いされていた受けが、村の為に生贄に捧げられたのをきっかけに、双子の龍の神様に見初められ結婚するお話です。 攻めの二人はひたすら受けを可愛がり、受けは二人の為に立派なお嫁さんになろうと奮闘します。全編全年齢、少し受けが可哀想な描写がありますが基本的にはほのぼのイチャイチャしています。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

フリーダム!!!~チャラ男の俺が王道学園の生徒会会計になっちゃった話~

いちき
BL
王道学園で起こるアンチ王道気味のBL作品。 女の子大好きなチャラ男会計受け。 生真面目生徒会長、腐男子幼馴染、クール一匹狼等と絡んでいきます。王道的生徒会役員は、王道転入生に夢中。他サイトからの転載です。 ※5章からは偶数日の日付が変わる頃に更新します! ※前アカウントで投稿していた同名作品の焼き直しです。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください

わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。 まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!? 悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。