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212 アデリーナの欲望

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「扉をくぐる必要などない。お前が居たのはスキルによって偽装された場所、殿下のおられたあの場こそ本物の総門!アレクシを追って前に進んだその時点でお前は既に石塀の中だ!もうここからは出れぬ!」


「あ、あああああ!!何という事!このわたくしを欺くなどと!よくもやってくれたわね!おやりヒルダ!」

「危ない殿下!うわあっ!」
「ノール!」


生意気にも黒髪の男は王子を庇い、投げつけた油の瓶をその身に受けた。
そして油に足元をとられ大きく前に倒れ込んだ男をヒルダは隙をついて素早くこちら側に引きずり寄せたのだ。


「いかがかしら、わたくしの信頼する使用人は。手際が良いでしょう?彼女を馬鹿にしたあの子供に見せてやりたかったわ!あはははは!」


背後では篝火のやぐらが組まれている。あの大きくて四角いやぐらはわたくしを閉じ込める牢獄。忌々しい過去の光景が瞼の裏に蘇る…。
浄化の火に囲まれたあの時、喧噪に乗じ村に忍び込んだあの人はわたくしの手を取りここから連れ出してくれた…。その愛しい人はもう居ない。

ではこの目の前に居る瓜二つの彼は?
友人を心配する悲し気な表情。ああ…!やはり似ている…。


「何をする夫人!ノールを返すのだ!」

「ここまで舐めた真似をされて従う理由があるかしら?このランタンの火ひとつでこの男はわたくしよりも先に火炙りになるわ。そうね…、もし助けたいと思うのならそこにいるグレージュの彼のスキルを使えば良いのではなくて?」


「待て!それは…」
「アレクシ何も言うな!」


一瞬の戸惑い、それが答えを教えてくれる。ふふ、可愛い人…。迂闊なところまで同じだなんて。
同じ顔、同じ佇まい、そして常にわたくしを助けてくれたあのスキル…、〝転移”!

彼に身寄りは無かった。それは間違いない。けれど、…どこかに居たはずなのだ。彼を産み落とした母親が。彼を形作った父親が。ではもしや血縁の子孫…?

いいえ…、この髪、この瞳。この面差し全てがまるであの人そのもの。
柔和な、どことなく人の良さそうな、誰かに尽くすことを是とする佇まい…。一族に尽くし、末子に尽くし、そして最後は…わたくしの為に生きた、まるで献身を形にしたような彼。

ユーリウスの為に拾われユーリウスのために育てられ、そしてユーリウスの為に生きるこの従者は在り様までもあの人と同じ…。間違いない!彼はあの人の生まれ変わり…!



「いいことあなた、人は死ぬのよ。わたくし以外必ずね。彼は大切なご友人なのかしら?優しいあなたは見殺しになど出来ないわね。出来ないはずよ?この男を死なせたくなくばわたくしと共に来るのよ!そうすればこの男だけじゃない…、全ての手出しを止めてもいい。ほんの暫く猶予を差上げるわ!良い提案でしょう?」

「アレクシ駄目だ!聞いてははならない!」
「ですがこのままではノールが!」

「100年もあればユーリウス以外誰も困らないわね?何を躊躇うことがあるの?ユーリウス、皆が死に互いに孤独に蝕まれ始めた頃迎えに来てあげるわ。それまでせいぜい人生を楽しみなさいな。くくっ、あのおちびさんはもう居ないけどね」


「ユーリウス様、私は…」

「馬鹿を言うなアレクシ!」
「駄目!アレクシ止めて!僕のことは気にしちゃ駄目だ!」

「だが私の身一つで…」
「犠牲になっては駄目!アレクシ!自分の為に生きるってそう言ったじゃない!」

「お黙り!さあ、早くこちらに来なさい!わたくしと生きるとそう言いなさい‼」



「ユーリウス様、…お許しください!」

「アレクシ!それがどういう事か分かっているのか!」
「お願い止めて!」


「ノール!これは犠牲じゃない!自分の意思だ!私が君を助けたいんだ!」


ふふ、思った通り。やはりこの人は彼の生まれ変わり…。目の前の悲劇に目を瞑れない…


「私と引き換えだ!ノールを放せ!」
「いいわ。こんな地味な男に興味などなくってよ」
「ノール、早く離れるんだ!火の気のない場所に!」
「アレクシ‼」

「さあ貴方。わたくしと貴方、二人を転移で飛ばして頂戴、あの時みたいに。いえ、その前にどうかわたくしの手を取り名をお呼びになって。あなたのその柔らかな声で…」



「アデリーナ…」









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