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190 彼の進む先

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ついに今夜僕は離れへと突入する。

3階にあるこの窓を警戒する者は誰もいない。前世の住宅よりもずっと天井の高いネオ・バロック様式の3階はマジメに落ちたら死ぬ高さだ。

耳にしたメイドたちのコソコソ話によると明後日アデリーナは戻るらしい。どうやってアルパ君を説得したのやら…。

だからこそリミットは明日。折しもナッツのプロテインバーも最後の三つ。
すでに泉の水温は低いだろうが今ならギリ凍死は免れそうだ。

とにかく、総合的に判断して、何としてでもこのタイミングでここを出なければならない。





「う…、と、よし着地!」

夫人部屋への横移動より地面に降りる縦移動のほうが楽だと発見。

祖母の言葉を思い出す。「『学問なき経験は、経験なき学問に勝る』のよ」。そしてアインシュタインも言った。何かを学ぶのに、自分自身で経験する以上に良い方法はないと。

前世だって分かってはいたんだけどね…


気を取り直して離れへ向かう。プロテインバーで軽くなった身体はまるで羽のようだ。そのまま荒れた草むらを抜けると…

「うっ!ホラー映画みたい…」

腐食による傷みは演出効果抜群だ…





ギィィ…ギシ…

僕はその真っ暗な廊下を月灯りだけを頼りに進んでいく。頭の中には聞きだした見取り図が広げられその歩みに迷いはない。

建物のサイズに比べ調べる場所はそれ程多くない。それもこれも…腐食部分が多いからだ。
ああ…、こんなに毒素を吐くほど、幼いユーリはどれだけ追い詰められたんだろう…。アデリーナと何も知らないその息子、そして実の父親の心無い言葉によって…。


「可哀想にちっちゃなユーリ…。僕がその場に居たらぎゅって抱きしめてあげたのに…」


妄想だけで泣きそうになりながら探す事はや数時間。
そしてようやく到達した祭壇のある部屋。きっとこの中にあるはず!







って思ったんだけどな…


「えぇ~、嘘でしょっ!僕の第六感が外れるなんてそんな…。」


いや、昨日は雲が厚くて月が半分隠れていた。少し暗くて…きっと見落としたに違いない!だけどふて寝して起きた今日は晴天。今夜こそは必ず…、そう、リトライだ!





「ない…、やっぱりない…。ああどうしよう…早くしないと夜が明ける…」


気ばかり焦って時間はどんどん過ぎていく。祭壇の周りも中も調べ尽くしたってのにどこにも何も見当たらない…。
念のため他の場所だってもう一度調べなおしたのに…うぅ…どこだよもうっ!

ん?あれは…

その時僕の目に飛び込んできたのは不自然に四角い空間を残した埃の跡…。


「昨日は暗くて見えなかったのか…」


ここに何かがあった。何が?そんなの決まってる。わざわざ離れまで取りに来るほど大事な物。それは…

ウソだ!あの毒を肌身離さず持ってったのか?マテアスならまだしもアルパ君のところに?

そのとき走馬灯のように(縁起でもない)アデリーナの部屋の様子が脳裏をよぎった。

そうだ、あの違和感。呪術を信仰し敬ったアデリーナの部屋にどうして聖王国の聖典がある⁉




今何時だ?急げ、もういくらも時間が無い。夜が明けたら使用人が動き始める。


2日ぶりのアデリーナの部屋は当然あの時と何一つ変わらない。
寝室に置かれた飾り彫りの見事なキャビネット。その上には一対の燭台とアロマポット。そして真ん中には聖典が置かれている。

あの人同じ光景。何故あの日中身を開けて確認しなかったのか…。うぅ…だってよりにもよって聖典をくり抜くとは普通考え無いじゃん?聖典だよ?聖典…

その古めかしい皮のバンドを外して恐る恐る中を開けば、高価で貴重で神聖なる聖典、そこには…!

ああ…恐れていた蛮行…



ガヤガヤ…

はっ!


「まあ奥様どうなさいましたのこんな時間に。まだ夜も明けきれておりませんのに」
「お客様を長々放っておくのも失礼でしょう。夜通し馬を走らせてくれた御者には褒美をあげなくてはいけないわね」


ウソだろ、こんな時間に何で帰ってきてんの⁉ヤバイって!

大急ぎでデスクの上の厚みのある本を一冊聖典の代わりに立てかける。もちろん皮のバンドもしっかりはめて。


「あれはどうしているかしら。」
「さしもの山猿も山から降りれず部屋でふて寝ばかりしておりますわ」

「まあ!山猿などと!オホホホホ」


うぅ、うるさい!いやそんなことよりもう階段まで来てるっ!ひぃぃ!
こんな時でも窓だけは慎重に開け静かに閉める。そっとヤマブドウの蔓をスキマに差し入れ鍵をかければ、

ガチャガチャ…ギィィィ…


ほぼ同時に部屋の扉は開けられた。き、危機一髪…

うっすらと白み始める空に心は焦る。つ、蔦の絡んだ壁面で良かった…。カモフラージュに纏った蔦で僕はまるでどこかの工作員だ。

ドクン ドクン ドクン

落ち着け…、落ち着いて三階西の窓までたどり着くんだ。


ズルッ

うっ!


「うん?今なんか…」
「おい何してる!早くこの荷物運持ってけ!ボーっとすんな!」

「す、すみません!いますぐ!」


はぁぁぁぁ…、焦った。
寿命を3年ぐらい縮めながらようやくアルパ君の部屋に到着した、その瞬間!

コンコン

ビクッ!

「う、うぅ~ん、な、何!こんな早くに!」
「いえ。奥様が帰館なさいましたのでご報告まで…」

「あっそう。僕はもう少し寝るから」
「かしこまりました。」


ほ、ほんとに抜かりないな。わざわざ確認とか…。
けど、あんな雑な小細工すぐ気づかれるに決まってる。それはもしかしたら今この瞬間かも。

もう少しの猶予もない。

シャツの中に盗ってきた聖典と偽装の解けた銀の小瓶、それからここには置いていけない黄金のリンゴ、おっと忘れてた。ナッツの兵糧バー最後の一本を突っ込んで窓から様子を伺い見る。

荷物の運び入れはあと少し。よし、最後の使用人が邸の中へ引っ込んだ時、その時がチャンスだ。なんとかして見つからないようにここを抜け出せれば…



ー誰か!あの子供をここに!いますぐ連れて来て頂戴!!ー
ーお、奥様?子供は今休んで…ー
ーいいから連れてらっしゃい!扉を壊してでも連れて来るのよ!!ー


「くそっ、気付かれたか!『スイカズラ!』」


蔓の先端は一直線に外塀の出っ張った真鍮へと絡みついた。
ジップラインに引き続き、ターザンロープだ!でも恐怖のジップラインを経験した僕は無敵!


「あれはなんだ!」
「クレメル夫人!あの子供が宙に!」

「なんですって!誰か!追いかけなさい!捕まえるのよ!」


ああもう、滅茶苦茶だ!大して多くない伯爵家の男手全員で追いかけてくるとは必死だな!けど競争でリーチ負けするのはあの地下道で経験済み。速戦即決が吉と見た!

下水道の入り口はどこだ!王都全体に張り巡らされた僕のための隠れ道。
あそこだ!あの丸い蓋!

僕はマンホールのスキマに向かってスキルを投げる。

『パームツリー』


そして押し上げられた蓋の間に間一髪身体をねじ込んだら…

『枯れろ』


ガチャン!


「おい!こっちだ!さっきこの角を曲がって…、居ねぇ…」
「な!いったいどこ行きやがった!」


ふぅぅぅ…危ない所だった…

けどまさかこのクソ重い鋳鉄を僕が持ち上げたなんて誰も思わないじゃん?










「ううぅ…、臭い…、それに暗い…、当然だけど…」

ピチャン…

「へぁ!水滴か…、ああ…もう…」


はしごを降りた先には僕でさえ少し屈まなきゃ進めない下水道。大人には困難だ。よしんば入ってきたとしても、奴らにはこの網の目のように広がった下水道は迷宮同然、だけど僕にはヒントがある。少なくとも王城への道だけは。

それはこの土木工事を請け負った人足たちが日当の支払先、つまり王城の裏口へ最速で戻れるようにとつけた目印。
それは小さな$マーク。この$マークの棒の上に向かって進むのが王城までの最短ルート。

WEB小説のハーフリングがそれはもう丁寧に解説してくれたあの日の投稿、要らないだろ、こんな情報…なんて思ってゴメンナサイ…。助かってます。





あれからどれくらい歩いただろう。


「星マーク…。ここか?よいしょっと。ん?」


少し持ち上げた隙間から外の様子を確認すれば、そこに居たのは伯爵邸の執事。なるほど、王城に逃げ込むところを捕縛ってわけか。


「仕方ない…。このまま森の近くまで行くしかないか。えーと、城がここで森が南だから、…こっちか」


ビンゴ!ようやくたどり着いた森の入り口。だけどそこには第二の関門がある。森に入るためには守衛に身分を証明しなければならない。


「身分を証明?この状態で?無理だって…」






その時だった。下水まみれの臭い僕の頭をそっと撫でる…


白魚の指…






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