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189 彼と彼の進捗状況

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アッシュを送って行った御者のコーディーが戻ってきた。アッシュの居なくなったがらんどうの馬車、その馬車に三本の剣を携えたブッケ教授とひとまとめにした荷物を乗せて…。


「やれやれ、ちょうどいいから乗せて行ってくれとは厚かましいのにも程がある。我が親ながらあきれるよ。学術院を退職した父はここに骨をうずめるとさ。ここではすでにカレッジに職籍があるからね。そのうえパトロンが公爵家なら言うことは無い、ともね。予算の使い過ぎで学術院からはここのところ渋い顔をされていたようだからね、渡りに船と言ったところか。」

「勿論歓迎すべきことだがブッケ教授は本当にカレッジの空き部屋で良いのだろうか?ここに住んでいただいても構わないのだが…」
「どうせ呪物を陳列したら研究室から離れなくなる。私室なんか寝に戻るだけ、いや、寝にもほとんど戻らないだろうからどこでも同じさ」

「それエスターと同じじゃない。本当に似た者親子だね」

「ノール、それより子爵はどうされているのだ?」

「父はアッシュ君からの依頼を受け今とある田舎に出掛けているようです。済み次第こちらに寄るとそう返事がありました。」
「アッシュからの依頼…?」

「ピーターズ子爵の持つ装飾の素晴らしい白い剣を譲り受けてきて欲しいと…」

「アッシュの残していった書付にあった〝勝利の剣”か…。何故彼はそれを、いや、それは言わない約束だったな。そうか。子爵にもお礼をしなければ」


アッシュの書付け…、そこにはいくつかの事柄が書き記されていた。
その一つがこの〝勝利の剣”。本来勇者が身に着けているはずの、持ち主を必ず勝利へと導く、と言われる剣だ。
だがそれを話すアッシュの表情はどこか胡乱気で…、気やすめと言ったところか。

そして書付けに残されていたもう一方の事柄。それはアッシュがアレクシへと託した〝勇者の書”。
アッシュは言うのだ。それこそが鍵になる、と。

私には一抹の不安がある。少しずつ変わりつつあるアレクシの心情。だが彼はどうにも頼りないところがある。

幼い頃、家令によって王都で拾われたアレクシ、このリッターホルムで彼を養育してきたのはは亡くなった家令と、そしてオスモだ。
その忠誠心は言わずもがな、彼は誠実で、善良で、そして常にどこか意思が希薄だ。それは恐らく彼が、ここに来る以前もここに来てからも、自己を主張できない立場であったからに他ならない。

どんな時も私を見捨てなかったアレクシ、そんな優しい彼の歩みを今度は私が見守る番だ…。


こうしてアッシュがこの地を離れて2週間。恐ろしいほど静かに日々は過ぎていく…。









アデリーナから屋敷の巡回任務を禁止されすでに3日ほどの日々が経過した。

その間見張りの目を盗みながらも3階を探索、改めて何も無いのを確認し終えた頃、アデリーナは一通の手紙を外部から受け取った。
そしてその内容を確認するや、メデューサのような眼力で僕を睨み、「小賢しい真似を!」と、呪詛を吐きながらも大慌てで屋敷を後にした。

恐らくあの手紙はある人物の来訪を報告する手紙。領境辺りからだろうか…?アデリーナはその来訪を阻止しに直接出向いたのだ。こればかりは手紙や使いでは何ともならない、そう判断して…

とにかくこれで移動時間含め、早くても4~5日猶予が出来た。


当然通路から階段まで、何の歓迎って言うくらいびっしりとアッシュ君見守り隊が配置されたがそんなの全く以って問題にはならない。
何故なら今から数日間、僕にとっての玄関は外に面した三階窓、そこだからだ。


「無駄に全ての部屋が施錠されているのが仇になったね、入り込んでしまえば調べたい放題だ」


タピオ兄さんに鍛え上げられたロッククライミングが再度火を噴く時が来た。木登りとは違う難易度のこの技術だが泣きながら岩肌を登ったあの日は伊達じゃない。

この数日間を利用して、僕は今から毎夜スパイダーマンになる。チ、…小柄の本領発揮といったところか。
夫人の自室、そしてユーリが暮らした離れをこのチャンスに探索する。
ユーリにも当分夜間の連絡は控えるよう伝えてある。万が一にも誰かの耳に入ったら問題だからね。


そしてやってきた深夜…。草木も眠る丑三つ時…、僕はそろりとベッドを抜け出しそっとその窓を開け放すと…

『種子創造』

シュルシュルシュル…

真っ黒な服に真っ黒なパンツ、念のため頭にも黒のほっかむりをして見事なコソ泥スタイルが完成する。ちなみに足元は裸足である。今日のターゲットは夫人の自室だからね。


夫人部屋は2階の一番東側。アルパ君の部屋からは一番遠い。慎重には慎重を期さなければ…。





グッ!

「う~ん。やっぱり鍵はかかってるよね…」


夫人の部屋の窓は上下に明けるタイプで鍵は真鍮式の丸落とし。
こんな旧式の鍵、『鍵師7日間養成講座』のついでに鍵の歴史までも網羅した僕にはお茶の子さいさいだ。

『ヤマブドウ』

ククク…カチリ

「よし。あ、良い子は真似しないでね。」

誰にともなくそうつぶやき、物音をたてないようにそおっと窓を開け、ペタリ…、ついにアデリーナの部屋へと到達する。

んん?これはイランイランの残り香…。人心を惑わすイランイランの香り、心をリラックスさせ、喜びや多幸感を引き出すイランイランは催眠にはうってつけだ。

夫人部屋のコンソールテーブル、そして寝室のキャビネットに飾られた燭台の横には聖典と一緒にアロマポットが置かれている。
なるほど、こうやって家人やマテアスの心を掌握するのか…。けどイランイランの香りならすっかり僕は耐性がある。なんの自慢にもならないけど。

広い部屋と衣裳部屋、続き間の書斎兼寝室、その全部を2日間合計で体感4~5時間ぐらいだろうか…、月明かりを頼りにくまなく探索して本邸の探索は終わりを告げた。

もう一度窓を開けご丁寧に鍵をかけなおし、部屋まで戻っては何食わぬ顔をして朝を迎える。

そうそう、夫人の部屋から発見された花瓶で枯れ果てた何かの残骸。再生させたそれはケシの花…。それも禁忌のソムニフェルム種…!
恐らくはこれも使用人を操るために…念入りな事だ。これを僕の食事にも混ぜようとしていたのだと思うと…、ゾォッ…

危なかった…あわやもう少しで傀儡になるところ。アデリーナめ、ソムニフェルム種の効能を知っていたのか…。
サーダさんのあの一言が無かったらどうなっていたか…。



ああ疲れた…。けどこれで確信した。やっぱり毒は離れにある!






ここで一つの種明かし。

実はここに来る直前、僕は一つの策を仕込んでおいた。
カレッジに居るアルパ君の元同級生。彼からアルパ君に手紙を送ってもらっていたのだ。僕からの手紙をこっそり同封して。

元同級生からの手紙はアデリーナの監視網をするりとすり抜け、そして無事アルパ君の元には僕からの手紙が届けられた。その手紙にはこう書かれている。




山崩れは大変でしたね。若いあなたが土砂に巻き込まれなくて幸いでした。

ところで公爵夫人である僕は君の母親であるアデリーナ夫人の計らいで伯爵家にしばらく滞在する運びとなりました。夫人も今後の聖王国を支える大きな拠点、第二の首都ともいえるリッターホルムと関係の改善を望んだのだと思います。

あなたもご存じのようにペルクリット伯爵家とリッターホルム公爵家には入り組んだ事情があります。
ですが若い貴方には関係ないことでしょう。きっとこの招待はあなたの将来の為を思っての事です。
つきましては僕が滞在中に一度王都邸に戻られてはいかがでしょう。

僕は余り長居はしないかもしれません。ですが今若者に人気のジップラインやスキー場などについてもお話しできればと思っていますのでぜひお早めに。

お会いできることを楽しみにしております。



追伸 お母様にはナイショでこちらに向かわれては?サプライズ、きっと喜びますよ。








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