チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

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171 壁画を挟んだ狸と狐

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「ブッケ教授、それで…リッターホルムへはもうお行きになりましたのね?」


リッターホルムから帰って来るなり早々にやって来たのはあの魔女だ。
相当気になっているのだな。それとも余程私を侮っておるのか、いずれにしてもそう簡単に操られはしないがな。


「何故それを?」
「リッターホルムから戻った行商人が通りすがりに話していましたわ。領都の付近でブッケ教授が真夜中、暗闇の中で、淡い灯りをともしブツブツ言いながら笑っていて、その」

「なんだね?」
「その…少々薄気味が悪かったと…。わたくしが思ったのではなくってよ。ごめんなさいね。」


ブツブツ言いながら…、ふむ、ではカレッジからの帰りだな。灯りとはスヴァルトの光のことか。
あの守り刃にはスヴァルトと名を付けた。感情があるのであれば名前で呼ぶのが妥当であろう。

ヘイチの呪具を手にしたスヴァルトからは大いなる歓喜が伝わって来た。
その気持ちはこの私にも痛いほどわかる。死してなお諦めきれぬ気持ち。ミチュペチュの呪物を手にすることが叶わなければ、私の魂も永遠に彷徨うやも知れぬ。
あの呪具は治病の為の身代わり人形。その昔、こういった呪物があると私が王に進言した物だ。恐らく聖王は呪いの身代わりに出来ぬかと考えたのであろう。これほどの貴重な品を手に入れていたとは…、腐っても一国の王…だったということか。

それにしても…、あのおちびさんの言った通りではないか。

「多分アデリーナは街中に耳を持ってる。狡猾なアデリーナであれば情報の大切さは分かってるはずだ」

そう言って仕込んだのがあのカレッジでの宝探しだ。

「いくら教授とは言え嘘八百でアデリーナを騙しきれるかどうか…。ならほんの少しの真実を混ぜればいい。これそれらしくするコツね。教授は呪物…、この場合怪異だけど、とにかくそれを求めて領都へ行った。どうせアデリーナは根掘り葉掘り聞いてくる。そうしたらそのまま見たことやったことを言えばいい。違うのは壁画の真実とどこへ行ったか、それだけだよ。」


まったく大したものだ…。










「壁画の呪力は強く感じた。」

なるほど…呪いは問題なく発動している…

「だがその部屋には多くの奇怪なものがあり、うむ、あの雑多な中では呪力の流れは良く分からぬな。」

あの四角い小屋はところどころ改修され今では倉庫になっていると聞いている。雑多なもの…それらは一体…

「その部屋には様々なものがあったのだよ。眼の動く絵画、夜中になると歩き回る骨格、そして女児の映る鏡など実に色々なものがな」 

眼の動く絵画…、女児の映る鏡…、わたくしの長き生の中でも耳にした事の無いものばかりね…
出任せを話しているようには思えない。語られる言葉一つ一つにはわななく臨場感が感じられる。ならばそれらは遥か彼方、異国の呪物…
もしやそれらが置かれたせいで相殺、または干渉しあっているのか…困ったこと…


「…教授でしたらそれらを不用意に捨て置いてはならぬ事、お分かりになりますわね。そうですわ、教授はカレッジの客室教員になられたのでしたわね。ではそれらの奇怪なものはカレッジの教授の部屋に移しておしまいになさいませ。教材になさっては?探求心の強い学生であれば、皆喜びましてよ」


そうかそうだな、その通りだと頷くブッケ。たわいもないものね。呪物と言えばなんでも受容する…。
わたくしにとっては都合のいい愛すべき愚か者。有用な駒であれば使い捨てになどしない。マテアスと同じく…


「ところでその部屋はどのような様相でしたの?」

「ふむ様相か…。その場所は窓もないのに生暖かい風がどこからともなく流れてくるのだ。」

窓の無い四角い小屋…。そう…倉庫に改修されたと言ってもあの場所は変わらないのね…懐かしい…

「そのうえ床にはいくつかの人骨が転がり」

…盗みにでも入り逃げ出せなくなったならず者だろうか?いつの時代も馬鹿は居るのね…

「その人骨を避けて歩くのだが足元には蔦が絡まり歩きにくい事といったら。辟易したよ」

蔦、蔦…、蔦ですって…?その言葉には何か奇妙な符号を感じる…



縄よりも頑強だという蔓を使ったジップライン。そうだ。半壊した王宮に駆り出された人足夫は報酬は良いが枯れ草が多く焼却が大変だとうちの庭師にこぼしていた…

植物…、まさか?まさかあれが⁉

いいや、そんなはずは無い…
神の権能を借り受けるという最も神に近しい存在、それがどの国にも一人は顕現すると言われる、賢者という極めてまれな唯一にして無二の存在。

その中にあってあの小さな南の賢者…、あのありようはまるで人と言うより植物だった。感情豊かで講釈の多い我ら北の賢者と対極をなすあの小さな賢者。

わたくしと南の長子の交換式。あの日、ただ一度の邂逅でありながら脳裏に焼き付き決して消えぬ…それほどあれの纏う気配は特異だった…
そしてそれは時代を変え、容姿を変え、性別を変えても決して変わることなどなかったのだ。

常に静かに自然に溶け込み、何を主張することもなくただそこに在る。
いつも涼やかに微笑み、時にその木陰で人々を休め、時にその太い幹で人々を支える。そして人々に恵みを与え、その枝すら手折らせ…枯れ落ち大地と溶け合っても春になればまた芽吹く木々のように、何度も何度も蘇ってはわたくしを追い詰めた厭うべき存在…。

決して忘れるものか!


だがあの子供はあれらとは全く違う。

知の神の化身を名乗る小さな子供。
無性に気になり、ふいに得た情報を頼りにわざわざ出向いたミルウィ橋の朝市。そこで見かけた子供は、冬の重たい日差しの中でさえ生気に満ちその存在を強く示していた。
この子供はわたくしの知るあれらとはまるで違う…。

…僅かな符合よりもその差異のほうが肝心だとそう直感したというのに、まさかこんなことが。

オーケソン家の夜会でビルギッタと話すあの子供はどこまでも放胆で不敵だった。
直接対峙したあの子供は、まるで挑むようにわたくしを見据え挑発するよう矢継ぎ早に言葉を投げつけた。

あれが…、あれが南の賢者?クルポックルの生まれ変わりだというのか ⁉ そんなことが…⁉
王宮を半壊させたスキル…、では地面を揺らしたというあのスキル、あれは〝種子再生”…?

辺りをつければ何をすべきかは分かりきったこと。誰かをあの地にやり確かめなければ…


そう。あの子供がもしも本当にそうなら…、封じられる前に始末しなければならない。





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