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165 彼の予定外

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うっかりディナーの席で口をすべらせたおかげでこの寒い中リッターホルムへ帰ることになってしまった。僕としたことが…

何をうっかり言っちゃったかというと…


「今頃リッターホルムは降雪か。あそこの冬山ならスキーとか出来そうだなぁ…クロスカントリーとか…場所によってはジャンプも出来そう。今度体力自慢のボーイたちに教えてみようかな。」


「なんだいスキーって」
「なんだスキーとは」

「雪山の中を足に板着けて上から下に滑走するんだよ。楽しいよ?やった事無いけど…」

「滑走…楽しいのかいそれは」
「板…楽しいのかそれは」

「…気が合うね二人とも。すごく楽しい…みたいだよ。私をスキーに連れてってとかゲレンデが溶けるほど恋したいっていうくらいだし、恋人同士なんかはそりゃぁもう!ああ、やたらと雪山でチェイスするスパイムービーもあったっけ」


雪山が舞台の映画を思いつくままつぶやいていたら興味を持ったのはケネスだった。


「チェイス…スパイ…、意味は分からないが面白そうな響きがある。言え!それはなんだ!」

「いちいち上から来るな…。まぁいいや。えーと…、スパイは置いといて、チェイスはこの場合スキーで競う事だよ。追いかけっこ。どっちが先にゴールするか」

「面白そうだ。…幸い年明けしばらく公務は無い…。おいアッシュ、私にそのスキーとやらをやらせろ」


「やらせろ…、王子が言うと違う意味に聞こえる。けどまぁ別にいいけど、それくらいなら。」

「アッシュ、君もそう思うのかい?」
「ん?」
「ゲレンデが溶けるほど恋したいって」
「ユーリ…、僕のユーリへの想いはいつでも融点だから!」


そんなわけで急遽予定を前倒しにして帰路につくことになったのだった。スキーコースの準備のために。





「じゃぁノールさん、大丈夫だとは思うけど一応王城からはあまり出ないでね。じゃぁ子爵と教授の事よろしくね。それからロビンのとこ寄れなくなっちゃって…ごめんねって伝えといて。」

「油断はしない、気を付けるよ。ロビンは少し残念がるだろうけど言い聞かせておくから大丈夫。じゃぁ後は任せて」


隣でうっすらとユーリがほくそ笑んだ気がする…まさか…ね…






「ふぅ~、やっと着いた。陽が落ちる前で良かったよ。コーディーさん、雪の中馬たちにも無理させてごめんね。当分大人しくしてるからしばらくは休んでね。」


無口なコーディーさんは何も言わずに一つ頷いて厩舎の方へと向かって行った。

ケネスが来るとなると仰々しくなるんだよねぇ…お付きの人とか荷物とか…。ボーイたちが大分育ってフットマンへと進化を遂げた今怖いものなんか無いけどね。

玄関でユーリを出迎えるのはアレクシさんとヴェストさん。サーダさんの代わりにセカンドシェフ。数人のフットマンと、断絶した12家、元ペンハイム侯爵の血筋の姪の娘の夫である従士のイングウェイさんだ。

彼は領内に家族を呼び寄せ立身出世を夢見て頑張っている。そこで領都の治安維持を担ってもらっているのだがとても男らしい良い人だ。



「アレクシさんただいま。寒くなる前に色々配給しておいてくれた?」

「ああ勿論。炭、穀物、干し肉、それから君が冬前に作らせた凍み豆腐、肉の代わりだと言っていたね。あの豆もこれからは作るんだろう?」

「うん。来年の年間計画のたたき台作っとくから目を通してね」


「ご無事にお戻り何よりです。ユーリウス様、アッシュ様。ビョルン、何も問題はないか」
「ああ。問題ない」


声を掛けてきたのはイングウェイさんだ。同僚に当たるビョルンさんに王都での確認をしているが…実はやや問題ありました、とは言えないな…。


「ねぇイングウェイさん、それよりあれ作ってくれた?」
「ええもちろん、面白がってボーイたちも手伝ってくれましたしほんの2時間程で出来ましたよ」


帰って早々自分でも元気だと思うが、王子の来訪に備えての指示を出し終えると手を引いてその場所にユーリを誘う。
ケネスはいつの間にかちゃっかり自分の部屋を決めているからお出迎えの準備はヴェストさんが抜かりなく整えるだろう。ここは丸投げだ。

実は帰館を早める報告の手紙に僕も一枚同封したのだ。ささやかなお願いを詳細な指示と共に書き記して。


「ユーリこっちこっち!」
「この雪の中観測所に行くのかい?疲れてはいないの?星は見えないだろうに」

「違うこれこれ、ほらっ!」


そこに現れたのはイグルー。日本で言うところの雪室かまくらだ。


「サプライズだよ。今日はここで二人っきりで過ごそうよ。だって今日は大晦日だよ。かまくらで迎える年越し…、やってみたかったんだよねぇ…」


この国では初詣もカウントダウンパーティーもないからみんな大みそかは御馳走を用意して家族で静かに過ごすのが一般的だ。

僕がリッターホルムに来てからと言うもの何故か毎年タイミングよく年末年始は王都に居たから、実はこうしてここで迎える暮れは初めてだったりする。
そんな記念の大晦日をかまくらでロマンチックに過ごそう、と閃いたのだ。

かまくらの中にはお茶とお菓子、それからセカンドシェフによる軽い夕食が置かれていた。
そろそろ日も暮れ暗闇の中、直径2mほどのその白い世界はいくつかのキャンドルが灯され幻想的かつ情緒的だ。


「アッシュ…、これを私の為に…?」
「ほんとは作るとこも参加したかったけど…、でも今日じゃ無いと意味ないから仕方ない。日が変わるまではここに居ようね。その後は観測所で休め、ング…」


すっかり慣れたユーリからのキス。ようやく加減も程よくなって…良くなって…?


「ぷはっ…、あ、相変わらず…まぁいいや、気に入った?」
「ああとても。おや?綿を入れたガウンもある。だが君のガウンは私だ。ここへお出で」


二人羽織みたいに食べたり飲んだり話したり、とっておきの思い出になったと思う。
今年は色々あったから…やっぱり最後はいい思い出で締めたいよね。


「ハッピーニューイヤー、ユーリ。今年もよろしくね」
「アッシュ、こちらこそ」


ちょっとだけ人に言えないことをしてしまったのは僕にしてみればとんでもない失態だ。だってユーリが言う事聞かないからいけないんだよ…


あくる日からそのイグルーが溶けるまでのしばらくの間、ボーイたちが入れ替わり立ち代わりその場所を楽しんでいることを知って…申し訳なさ過ぎて心底凹んだ…。が、真実は僕の胸だけに仕舞っておく…







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