チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

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134 望むがままの未来のために

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王城の中にある宮殿。その奥の一角にはいつからか私専用の部屋が設えられている。

そのため今回もこうしてここに滞在していたわけだが…思いのほか快適だった。
何しろここは他者に対し懐疑的な聖王のおかげで人の出入りがかなり制限されている。あの用心深さが私の役に立つとは意外なことだ。

部屋を用意したのは大叔父上ではない。これはアッシュ、…ミーミルの化身へと聖王が用意したひときわ立派な部屋。

少しも不愉快ではない。むしろ愉快ですらある。
あの不遜な聖王がアッシュに傅く…、ふっ、とんだお笑い草だ。だがまさか退位して辺境へ赴くとは…、最愛の姫のために…、あの聖王も人の子と言うことか…。


「ふっ、くくっ、ミーミルを崇め奉る…ね。どうだアレクシ、私のアッシュは」

「ええ本当に。私たちが無理だと諦めた事、その全てをアッシュ君は覆していく。ユーリウス様、これこそが本来公爵家の受けるべき待遇。ようやく正道に戻ったのです。ですがそれが与えられた今、今度は公爵家としての役割も果たさねばなりません。」

「ああ分かっている。今までは庶民感情がそれを許さなかった。だがこれからはそれもすこしずつ受け入れられるはずだ。その為にもアッシュとノールのカレッジ構想。あれは良い柱になる…。」

「ええ」

「アッシュの助言により農地の整理を行うようだな?作物ごとに区画を分けると言っていたが」

「彼は乱雑なのが好きでは無いみたいですね。「蔵書は分類ごとに仕分けすべし!エスターは年代別派だけど僕はジャンル別派だ!」とかなんとか言っていましたが…」
「ふふ…」


リッターホルムに出入りする人間が増えていく…。それは時に煩わしくもある。だがアッシュの夫としてふさわしくあらねばならない私にとって、公爵領の繁栄、それはとても重要な事だ。
領民との交流…、避けては通れぬか…。仕方がない。


「それにしても…、ようやく帰れる。私と彼のリッターホルムへ。あの蜂蜜酒ミールによってさらに男らしくなった私にアッシュは喜んでくれるだろうか?ふっ、楽しみだ。だがオーケソン侯爵家でなにがあったかは…アレクシ、今ここで報告を聞こう」

「はっ。まずはホストのビルギッタ嬢ですが…、彼女に関しては問題ありません。アッシュ君は堂々と渡り合っておりました。その…失礼すぎるほどに…。」

「アッシュは公爵夫人だ。失礼すぎるなどと言う事は無かろう」

「ですがあれはほとんど子供の口喧嘩…、いえ、ともかく心配の必要はありません。」


彼女に関しては…、つまり他に気掛りなことが?…くだらない輩に蔑まれたりでもしたというのか?もしそうならばヴェストに言って…


「ビルギッタ嬢への挨拶…?が終わったところで彼女が姿を現しました…。」

「彼女?誰だそれは!」

「マテアスの後妻であるペルクリット伯爵夫人です。」


一瞬にして血の気が引くのが分かる。ああ…、私は今でも彼女の影に怯えているのか…

7歳まで過ごした王都の公爵邸。そこには当時はまだ父と慕い愛を欲したあの男と、私から慕うべき母を、母から夫と過ごす幸せな未来を奪ったあの女が居た。

あの女は母を王都から去るように仕向けただけでなく使用人すら私から遠ざけた。…今ならわかる。王都邸の使用人たち…、彼らはあの女に吹き込まれたのだ。私に関する様々な、誇張されそして歪められた悪意の数々を…。
その悪意は使用人から他家の使用人へ、そしてその雇い主へと裾野を広げ、最後には社交界という大海全てを汚染した。

それだけでは飽き足らず彼女はその害意を直接向けた。執拗に浴びせられる罵倒と嘲笑の数々。
そして毒素を吐くおぞましい私の姿を、腐り朽ちていく無残な部屋を…父だった男に…そして使用人たちの目に焼き付けさせたのだ…。
私に向けられる化け物を見る目…、私は絶望した…し続けた…アッシュに出会うまで。もしあの日アッシュに出会わなければきっと私は…



「大丈夫ですか?ユーリウス様」

「あっ、ああ…、大丈夫だ。それでアッシュは…」

「一瞬も臆することなく応酬しておいででした…。彼女に向って金目の毒婦と…そう言い放って…、少し痛快でしたよ。」

「金目の毒婦…、言い得て妙だ…」

「そうそう。彼は大公閣下をユーリウス様の真の父だと。ふふ、舅と仲良く何よりですね」


大叔父上が父…、ああそうか。そうだとも。大叔父上こそが私の父だ。アッシュの言葉はいつでも単純で明快で、虚飾なく私の心を解き放つ。


「マァの村と大叔父上…、アレクシ、私には二人も父が居たようだ」

「そうですね。時には甘えてごらんになっては?」


そう言って笑ったアレクシが、ふ、と顔を歪める。


「どうした?」

「いえ、お伝えすべきか悩んだのですが…ただアッシュ君があの時…、全てを仕組んだのはあの女だと…」
「分かっている。彼女が私の印象を操作した…」

「そうではなく…、カルロッタ様が壊れたのは彼女が仕組んだことだと。カルロッタ様を壊すためにマテアスを公爵家に近づけたのだと…。彼女を公爵家の癌、自分の敵だと、そうハッキリ言い切りました。」

「 ‼ 」


アッシュの敵。それは表面上のことでは無いのだ、恐らく。アッシュが戦うもの。それは私を苛む呪い、そしてその根源。彼が敵だというならそれはこの身の因縁に関わる事…!
それなのにこれからも今までの様にアッシュに庇われながらその背に隠れて過ごすのか、私は…

いいや、そうではない!

共に戦うのだ。私を縛るこの呪いと。
私が諦めたそのすべてをアッシュが覆していく…。ならば諦めなければ自ら覆すことも出来よう!



「アレクシ、今すぐアッシュを呼んでくれ。彼と話さなければ。今度こそは…対等に。そうだ、彼が望む対等な立場で…、いつか彼自身がそう望んだように私も…」








アレクシに呼ばれ部屋へとやって来たアッシュ。
思った通り、彼は決して私に全てを明かそうとはしない。
彼の気持ちなら痛いほど伝わる。私を守ろうとする強い想い。昔から変わることのない真摯な想い。
彼にとって私はいつまでも雛鳥と同じなのだろう…。だが雛鳥はいつか巣立つものだ。


「でも僕はユーリを…」

「アッシュ、私はもう怯えて部屋に閉じこもるだけの子供じゃない。君が私の手を取り外へと連れ出してくれた。食事を味わうことも花を愛でることも、自然の壮大さも全て君が教えてくれた。私が気付かなかっただけでそこには私を気遣うアレクシやオスモ、いいやそれだけじゃない。ノールやヴェストたち、私を恐れない者がちゃんと居ることも気付かせてくれた。狭い世界に居ては何も…、広い世界に出てこそ可能性は広がるのだと私は知ったんだ。」


彼の目が私を捉えゆらゆらと揺れている。その瞳の中の私にはもう何の迷いもない。


「私は君と共に戦いたい。」


アッシュは何も言わず、だが私の想い、その全てを受け入れ静かに頷いた…。



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