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112 彼と教会

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この国、聖王国では16の誕生日と共に成人と見なされるのだが貴族の子女にはまた別の儀式がある。
それが聖信礼。

大小の差こそあれ、この国の民はもれなくスキルと共に生まれてくる。つまり他国から嫁いだもの、移民などは事情が異なるわけだ。

何しろ世界の裏側には、エルフの国やドワーフの国、ハーフリングの国があったりする。そして彼らは彼らで、また異なる理の中で生まれてくる。
早い話が別タイトルの作品ってこと。ってことはだ、宝さがしに出かけた勇者プータローは今頃エルフ当たりとウフンアハンかもしれない。可能性の話だよ?


それは置いといて、聖王国民にとってのスキル、それは神の祝福という意味を持つ。そのスキルを持って生まれた貴族の子女は、16の誕生日に聖信礼という儀式を行う。そしてそれを以て本当の意味での成人と見なされるのだ。

ユーリは生まれたときから公爵閣下で何を今更と思うだろうが…、この通過儀礼を受けているのといないのとでは、周囲の見る目が全く違う。社交界における信用の度合いが変わってくるのだ。

そんな大切な儀式すら放棄しようとしてたなんて、ユーリのおバカさん…。でもこうして無事、成人の儀が出来て良かった。


その司祭様の祝福、それは荘園のはじっこ、共同区域にある教会で行われる。

そして前日である今日、なんとヴェストさんのお父さんがこのリッターホルムへと到着した。
儀式の司祭を務めるのがお父さんとは!
やるなぁヴェストさん…と思ったら、ユーリからのリクエストだった。まぁ、慣れた人のほうが気が楽だよね。

ユーリの明日の打ち合わせ。何故か僕まで一緒に教会へ来たけど…そこには見覚えのある顔、長兄スヴェンさんまでいた。儀式のアシスタントを務めるのがご長男とは…。神父様も頼りになる跡取りが居てさぞ心強いだろう。


「久しぶりですね、アッシュ君。公爵閣下はずいぶん生き生きとされて…、お元気になられたようでなによりです。王都でのことは父から聞いています。もちろん父は煤払いの折、大神官様から伺ったのですが。」

「あっ、聞いちゃった?あの、あれは…」

「なんでも王城の付近で大きな地震があったそうですね。危険な目に合われた聖王様と王太子様を、身を挺して守られたのがアッシュ君とユーリウス様、そう聞いております。素晴らしい自己犠牲の精神。私もそうありたいものです。」


へ、へぇ…、そういう事になってるのか…。ま、まぁね、〝ミーミルの化身”なんていう胡散臭い話、そのまま誰彼構わず話したら頭おかしいって言われちゃうもんね…。



「父が申しておりましたが、大神官様は犠牲と献身の御使いであるアッシュ君と話をされたいようですよ。」

ピンっ!ッと来たね。つまり大神官は知ってるって事か…。そうだよ。ユーリの毒は主に大神殿で扱ってたんだ。
あの出来事を大神官に全て隠すことは出来ないだろうさ。


「いいよ。僕もいちど話してみたい。聞きたいこともたくさんあるんだ。たくさんね…」



「アッシュ君、この度はおめでとうございます」

「ありがとう?」

おや?反対側から声が、と思えば、これはヴェストさんの次兄、ヴィーゴさんじゃないか。彼も来てたのか。それにしてもなんで僕におめでとう?めでたいのはユーリであって…ああ、ユーリに伝えろってことか。

「その、君にどうしても会いたいと医学校に訪ねてこられた方がいまして…。尋常ならぬ様子にむげにも出来ず…、それでその方を父の付き添いとして連れて参ったのです。身元の確かな方ですので心配には及びません。王家のお仕事に従事されていた方ですので。」

「王家の仕事…?会いたがってるって?」

「連れて来てもよろしいでしょうか?」
「もちろん」

王家の仕事と聞いて会わないという選択肢はない。
それにヴェストさん一家に関してはその善性を疑うことは無い。彼らはとても敬虔な実直極まりない方々だ。
彼らの関心はいつだって神と医術と、そしてヴェストさんだ。


「アッシュ様、この度はおめでとうございます。そしてお会いできて感激です。私は医学博士のレッカランと申します。ぜひお見知りおきを。」
「感激って…あの、どこかで会った?」

「いえ。私は聖神殿の奥の奥、誰も近寄れぬ秘匿された研究室に何年も軟禁されておりましたから…」
「軟禁っ!…それってまさかっ!」


聖王の悪しき行い、彼はまさにその負の遺産。彼こそが例の医学校の風聞の主。うっかり口をすべらせたばっかりに彼は秘密の研究室で秘密の研究に従事させられていたのだ…。何年間も…。


「ユーリの毒から血清って…、その事なにか知ってたの?」

「いいえ。ただの思い付きでした。私の研究は抗毒素の確立でしたから。ですがその安易な言葉、それはパンドラの箱だったのです。ただ私の研究自体は有用と見なされました。それゆえ軟禁され、あの忌むべき研究に従事させられたのです。」

「ユーリの毒を使った〝呪いの儀式”のことだね。」


生き物を使った蟲毒…。蟲毒により毒性を上げさらにそれに耐えうる抗体を作る。WEB小説の設定とはいえ、よくもまぁ…えげつない。
ただ毒性爬虫類で足踏みして研究が進まなかったのだけが不幸中の幸いだった。それほどユーリの毒は強かったから…。


「もう生きてあそこを出ることは出来ないとさえ思っていました。それがいきなり研究の中止が言い渡され…、のちに大神官様からそれがアッシュ様の説得によるものだと聞き…。うっ、うぅ、どうか私に出来ることがあれば何なりと仰ってください!ご恩返しができるのならばなんだって致しましょう!」


彼、もとは医学生だったよね。そんで学位をとって医学博士として秘密の研究に従事していた、と。これは…

…お医者さん…ゲットだぜ!


思いがけず決まった常駐医師、ヴィーゴさんにも報告をとご機嫌なまま振り返れば、…そこには物陰からヴェストさんの仕事っぷりをウルウルしながらじっと見守る兄二人。

…ブ、ブラコ…いいや。何も言うまい…。





ユーリに一連の報告をして、その流れで今僕は衣装合わせをしている…。

神聖な儀式とは、列席者も正装が必要なのだろうか。ラベンダーのマントの付いた、それはもう貴族的な正装だ。
白地に銀糸で刺繍が施された、それはもうゴージャスなウエストコート。下はブリーチズ。首元にはユーリから貰ったお高いレースのクラバット。そこに短めのラベンダー色のマントが肩からかけられると…シャランラ…ほーら、お坊ちゃまの出来上がり。

そのユーリはというと、「当日まで衣装を見るわけにはいかないから失礼するよ。ファーストミートは大切だろう?」と、謎の台詞を残してヘンリックさんを探しに行ってしまった。…初めての肉?


初めての翼竜便でテンション高めなのはうちの家族。夕方領内に入り、迎えに行ったアレクシさんに、散々公爵邸への宿泊を勧められたというのに、不届きにも気が休まらないからとあっさり拒否ったらしい。いいや、領都の宿のほうが買い物に便利だからだ…、きっとそうだ。




「アッシュ様、おめでとうございます。お会いできてよかったです」
「アッシュさま~、会いたかった、です。」

「ああ、ありがと。ところでカイ、ダリ、なに?そのアッシュ様って」

「大公邸で教わりました。従者が主人を呼び捨ててはいけないって」

ブワッ…、うぅ…すっかり立派になって…そうかそうか…。ならば甘んじて敬称で呼ばれようか。

「お利口だね二人とも。ところで今日はどうしたの?わざわざ王都の大公邸から来てくれたの?」

「僕達明日のお式で閣下のマントを持つペイジを務めるんです。将来の従者なので。」

「そっ、そっかぁ…。よしよし、頑張ってね」
「はい。アッシュ様も頑張ってください!」


何をかな?



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