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111 彼の訪問客

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そろそろ松茸の時期だなぁ…なんて考えてたら、あっという間に千客万来。

いつもの誕生日とはわけが違う。成人の儀式を兼ねたパーティー。
といってもお式までまだ3日もある。なのに今まで敬遠してたぶん、高位貴族の皆様方はリッターホルムに興味津々。領都のお店で綿製品を買い占めている。うーん、この。


…というのは表向きで、実は生姜で釣ったとも言う。先着10家様だけにお売りします。それも1家1キロ限定で。そのDMが届くや否や、我先にとお越しになった御歴々。一番乗りはユングリング侯爵、一番の記念にワサビも一本おまけした。気に入ってくれるかな?

『販売戦略 繁盛店の作り方』そこに書かれていた限定販売による希少価値。おまけによる販売促進。そしてそれを手に入れることで満たされる自己顕示欲。
完璧だ…。いつもながら自分の才能が怖い…。


でも早めのお越しにユーリは少々ご機嫌ななめだ。
何故なら呪われた一族の末裔12家と王子はここリッターホルム公爵邸に宿泊だからだ。

今回この祝宴に際し、招待客は厳選に厳選を重ねてある。
王宮で話し合った呪われた6家、そして断絶したとは言え復興を願う残り6家も良い機会だしお迎え付きでお呼びしたのだ。


その他のゲストは大公やコーネイン侯爵にも助言を受け、公爵家への悪感情が消えた、目端の利くおいえだけを招待している。当然マテウスは出禁のままだ。

それら招待客を迎えるにあたり、領都近くの空き屋敷、あれらは修繕され宿泊施設となっている。皆さまそちらでご宿泊なのだが、いかんせん礼を尽くさねばならない相手は居る訳で…。

ユーリは自身の女性不信を何の躊躇もなく招待状に明記した。そのためここリッターホルム公爵邸で寝泊まりするのは、12家の当主や後継者、または代表、そして特別ゲストの王子を入れて計19名に絞られた。それでも一気に人口密度が跳ね上がっている。

まぁ、いくら公爵邸がこじんまりといってもだ、使用人の別館を除いて客室だけでも30はある。応接間とか諸々入れたら60くらいの部屋がある。そのうえ一部屋がとにかく広い。ちなみに大公の領地邸はここよりデカイ。部屋の総数100だとか。とんでもない規模だ…。


だからけっして繁忙期のホテルみたいになってるわけではないんだけどね。
ユーリってば自分では顔に出してないつもりで居るけど、…屋敷の人間にはわかっちゃうんだよねぇ。



「アッシュ様。ユーリウス様の気分がすぐれないようです。今すぐこれをお持ちください。」

それを認識したヴェストさんは、机と本棚、そして石板しかない僕の私室、仕事部屋の扉を開けると何やら不可解なことを言い始めた。


「ん?これ僕のスカーフ?」

「当日ユーリウス様が身につけられるクラバットとなります。これを私の指示とは言わずお渡しください。その際必ずユーリウス様からお返しのクラバットを頂戴してくださいますようお願いいたします。お返しに頂いたものはアッシュ様の身に着けるものとなります。」

「…よくわかんないけどトレードしてこればいいんだね。分かった」


どっちも同じようなスカーフなのに、何だってまたわざわざ交換するのか…。だけどあのヴェストさんがそういうんならそうなんだろう。ヴェストさんの指示、それはいつだってユーリの最善、それだけは確かなんだ。



「ユーリ、今いい?」
「もちろんだ。いつでもいいに決まってる」

そう言いながらも若干眉が吊り上がっているのは気のせいじゃない。やっぱりヴェストさんの言った通りか…。だからってこんなスカーフで機嫌がとれると思わないけど…まぁ言うだけなら…。


「あのね、このスカーフお式の時使ってくれる?あんまり良いやつじゃないと思うんだけど…僕のスカーフ、」

ガタッ!

「あ…あ、何てことだ。そんな大切なことを忘れていたなんて!」
「な、…なんのこと?それからユーリのスカーフも頂戴。僕が使うかr」

「今すぐ!アレクシ!一番上等のクラバットを、いやっ!あのレースのクラバットだ!今すぐアッシュに!」


思ったよりも勢いの良い食いつきにこっちがびっくりだよ。よく分かんないけど流石だなヴェストさん…。


「ありがとユーリ。じゃぁ僕仕事場に居るから、ユーリもお式の進行表覚えるの頑張ってね。」
「ああ君も。ふふ、当日の衣装楽しみにしているよ」


当日の衣装…何のことだろう?でもまぁ、なんだかご機嫌が直ったみたいで良かった。お客様に不機嫌振り撒くわけにはいかないからね、あと3日間頑張ってもらわなくちゃ。


ギギ…バタン…


「行ったか…。ああっ!私としたことが…、こんな大切な準備を忘れるなんて、どうして私はいつもこうなんだ!アッシュが覚えててくれたからいいようなものを…。」

「婚姻をする男女は己の所有するクラバットと首飾りを交換することで、互いを互いの所有の証とする…。古い習わしですが…、そうでしたね、確か。…アッシュ君がそれを知っていたとは思えませんが…いえ、別に。」


「あと3日、それで彼は公私ともに私のものとなる。ようやく皆に大手を振って宣言できるのだ。そのためならばあと3日、この喧騒にも耐えて見せよう。私とアッシュの楽園、そこに他者が居るのは実に腹立たしい。だが、社交界への誇示、ふふ、アッシュがそれを望むのであれば仕方がない。これも夫の役目か…」



背後の部屋から不穏な気配がする…。いいや。気にしたら負けだ。
おおっと、前方にケネス発見!到着するなりなんか叫んでるけど…なんだろ。騒々しいなぁ…。


「アッシュ!お前…早く返せ!私の封蝋環。まったく…、門外不出の王家の宝を何の真似だ!」

「その割には無造作に引き出しにほかってあったじゃん。そんな大事なお宝ならちゃんとしまっておけばいいのに。ていうか、手紙読むまで気が付かなかったんでしょ?しょうがない王子様だなぁ」

「いいから返せ!」

「あっ、ノールさー、もがっ」
「馬鹿っ、呼ぶんじゃないっ!あの騒動の時、お前が帰った後私がどんな目にあったと思ってるんだ…。どれほど口喧しかった事か。私の言い分を全て正論で封じてくるのだぞ、ノールは。恐ろしい…。そのうえあいつは私の部屋に嫌がらせを…なんなんだ、あの匂いは!」


銀杏のことだな…。しかし…、ノールさんは基本温厚なのに、何言ってあんなに怒らせたんだろう?まさか本当に銀杏潰してくるとは思わなかったけど…ノールさんってば意外とやるなぁ。あ…なんだかケネスが不憫になってきた…。


「あと3日待って。お式が無事終わったらちゃんと返してあげるから楽しんでってよ。まぁ、多少良心の呵責も感じないでもないからお土産つけたげる。」

「土産だと?」
「口開けて」

ぽいっ

「む、柔らかくて…溶けていく!甘くて…なんという口当たりだ。美味い!これは何だ!」
「マシュマロだよ。帰りに秘伝のレシピごと持たせてあげる。諸々のお詫びに王家のとっておきスイーツにしていいよ。」

「む…、そうか。ならまぁ…。仕方ない。式には出てやる。それが終わったらレシピと封蝋環だ。いいな!」


え?良いんだ…?マジで?な、なんだかんだで単純だな…。






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