上 下
41 / 275
連載

80 彼への説得材料

しおりを挟む
「だとしてその林檎の在処は知らないんだよね?なら無意味じゃん」

「無意味とまでは言えないさ。在処に心当たりが無いわけじゃない。その林檎はね、トネリコの樹で作られた籠にしまわれその木の袂に隠されてるんだってさ。王都にいる間、エスキルセン聖図書館で調べてきたんだよ。スキルを駆使して手早くね。」

「でもそんなの…、王家がとっくに…」

「トネリコの樹ねぇ…、王家の果樹園あたりを探して諦めたんじゃないか?もともと伝承なんて作り話も多いしね。おとぎ話を真に受けてわざわざ国中調べるとは思えないね。」

「エスターは信じてるんだ?意外だな。そういうの信じなさそうな感じなのに…」

「信じるさ。書物は僕を裏切らない」

いや、裏切るだろ。という言葉をぐっと飲み込みしばし考える。

母さんの贈ってくれたトネリコの枝。あれはマァの村の御神木。
亜種ならその辺でも見かけるが御神木と言われる太古のトネリコ、樹齢何千年のトネリコなんか二つと無い。

…マァの村…。世俗と切り離された、ある意味ほんとのファンタジー感があそこにはある。
公爵家の飛び石領地。あそこは…、山どころか本物の囲いに囲まれ隔絶された別荘地だ。

あそこには何も無い…、公爵家の為だけの小さな領地。菜園と農場意外の産業も、資源も、出店の一つも無いから…、行商人だけが外を知る手段。
当然誰も来るはずもなく、あそこはひどく狭い世界で、それでものどかに幸せに、みな平和に暮らしている。

だからあの日、大公は親子に避暑を勧めたのだ。全ての喧騒から離れるようにと。喧騒の渦中の人になってしまったのが残念でならない…。


そこに因縁を感じるのは考え過ぎだろうか…。


でも本当にあの木がそうなら、マァの村への帰省、実現させる必要がある。





気を取り直してここは厨房。サーダさんに与えた特別任務はどうなったかな?

「サーダさん、ところで状態変化のスキルの派生は上手くいってる?」

「スキルの派生…、ああっ、取り出せと言ってたやつか。難しいな。なかなかあれは。」

「でもね、あれが出来ればお料理から雑味が無くせるし、チョコだって!もっと滑らかになる!」
「もっと滑らかに…」


「筋張ったお肉だって柔らかくなるし…魚の小骨まで取り出せれば…、ねっ、便利でしょ?あれは状態変化の一種だもん、出来るって!」

「筋張った肉が…、ううむ、欲しいな、そのスキル!」

「でっしょー!頑張れ頑張れできるできる絶対出来る!頑張れもっとやれるって!やれる!気持ちの問題だ!頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めんな!絶対に頑張れ!積極的にポジティブに頑張れ頑張れ!」


これ以上ないこの励ましをかけておけばサーダさんは大丈夫だろう。…単純だから…
祖母がキッチンの片隅にそっと貼って行った有名アスリートの名言。これを超える励ましを僕は知らない。

ほらやっぱり、サーダさんが燃えている!





ホールの片隅でボーイに指示出しをしているのはすっかり執事仕事が板に着いたヴェストさん。
…ヴェストさんには一言も二事も言いたいことはあるのだけど、今必要なのは謝罪でなく助言だ。


「ねぇヴェストさん。いつもユーリの為の最善を考えてるけど、…たまには僕の最善も考えてよ!」

「構いません。何をご思案ですか?」
「マァの村に行きたいんだけど、ユーリを傷つけないでどう説得すればいい?」

「お一人で行く方法は皆無です。」
「皆無…」
「ですがご一緒なら」

「えっ!」

ユーリの最大級トラウマの地。だからこそ僕一人でと思ったのに…、それがいっしょに行く説得なら可能?それなんてミラクル…。

「ど、どうやって…」ゴクリ…
「こうおっしゃれば大丈夫かと。「次の誕生日までに両親に挨拶を」と。」

「あいさつ…?」

今更あいさつ?と思わないでもないが、ま、まぁ、いきなりここに来ちゃって、ユーリは僕の両親に会ったことも無いわけだし。
というか、ユーリの前で家族の話はしないようにしてたし…。

あ、あいさつか…。そうだな。ユーリは公爵としてマナーには厳しいもの。ノールさんにもうるさく言われてるし。
少しは立ち直ってるならもしかしたら礼儀にのっとり挨拶だってしたがるかも。

そうだよ。裏庭の小道にだって一歩踏み出したんだ。もしかしたらマァの村にだって!これはワンチャンあるかも!



その日の夜。二人きりの浴室の中で僕は話を切り出した。
身も心もお湯に溶けてる最中なら色々と気が緩むんじゃないかと…姑息な考えだ。


「あ、あのね、ユーリにお願いがあって…」

「何?アッシュのお願いならなんだって聞いてあげるよ」

「マァの村に…」

「却下だ!」バシャッ!

こ、こっわぁ…。駄目か…。やっぱりな。想定内だ。驚きはしない。驚きはしないけど…、なんだって聞いてくれるんじゃないの?

 
「違う、その、一緒に」

「一緒か…。どちらにしてもあまり気は乗らないな…。君が引き留められても面倒だし、望郷の念にかられたりしたらそれこそもっと面倒だ…」


気が乗らない…。その理由には疑問ありだけど、気が乗らないなら同じことだ。じゃぁ最後の手段…


「あ。あのね、…えーと、ユーリに挨拶を、その両親に挨拶をしてもらいたくって。次の誕生日までに」

「! …そっ、そうだ、挨拶…。しまった、私としたことが…。すまない。忘れていたわけじゃないんだ。ただ、君がここにいるのが当たり前になってしまって、君の両親という概念が少し…。ああ、失態だ…」


それ…、忘れていたって言わないかな…ま、今は気を取り直して…


「そんな大袈裟なもんじゃ…。とにかくじゃぁもしかして一緒に行ってくれる?春になったら…」

「ああ。春になったら必ず。約束だ。一緒にご両親に挨拶しよう」


嘘だろ?せ、成功した…。ヴェストさんには不本意ながら礼を言わねばなるまい。
それにしても…



エスターといいヴェストさんといい、…何この二人⁉






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

強制結婚させられた相手がすきすぎる

よる
BL
※妊娠表現、性行為の描写を含みます。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります

ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。 七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!! 初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。 【5/22 書籍1巻発売中!】

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。