No.76【ショートショート】その瞳が映すもの

鉄生 裕

文字の大きさ
上 下
1 / 1

その瞳が映すもの

しおりを挟む
その遺体は左右の眼球だけが綺麗にくり抜かれていた。
遺体が発見されたのは都内にある高層マンションの最上階の一室で、遺体の身元はその部屋に住む起業家の若い男だった。
司法解剖の結果、首元に小さな注射痕と体内からはジフェンヒドラミンという睡眠薬に使用される成分が検出された。
犯人は彼の自宅に侵入した後、背後から彼に近づき薬で彼を眠らせた。
その後、犯人は彼の眼球をくり抜いて持ち去った。

事件発生から数週間が経ったある日、話を聞いてもらいたいという女性が警察署へとやって来た。
彼女の話によると、久しぶりに家に帰ってきた息子の様子がどうもおかしいらしい。
身長も、体格も、顔も、声も、首元にあるホクロや手の甲にある火傷の跡も、どこからどう見たって息子で間違いない。
間違いないはずなのに、何かが違うのだ。
そこには息子ではない何かがいるような気がして仕方がなかった。

警官は念のため彼女と共に、息子がいるという彼女の家へと向かった。
しかし警官が家に着いた時、そこに彼の姿はなかった。

更に数日後、母親が血相を変えて警察署へとやって来た。
「分かったんです、違和感の正体が」
彼女はそう言うと、カバンから一枚の写真を取り出して警官に見せた。
写真に写っていたのは、幼い頃の息子だった。

”目です。…目が…別人なんです”



『その瞳が映すもの』



金銭の授受が全て電子化された近未来。
個人の特定に必要なものはたった一つだけであった。
人々の個人情報は一括管理され、“それ”をスキャンすることにより金銭授受も自動的に行われた。
つまり“それ”は免許証でもあり、クレジットカードでもあり、ドラッグストアのポイントカードでもあった。
全ての情報が“それ”に集約されたのだ。
それは決して他人に譲渡することのできない、譲渡の許されないものであった。

この世界に一つとして同じ顔が存在しないように、人間の“眼球”もまた一つとして同じものは存在しない。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

騙し屋のゲーム

鷹栖 透
ミステリー
祖父の土地を騙し取られた加藤明は、謎の相談屋・葛西史郎に救いを求める。葛西は、天才ハッカーの情報屋・後藤と組み、巧妙な罠で悪徳業者を破滅へと導く壮大な復讐劇が始まる。二転三転する騙し合い、張り巡らされた伏線、そして驚愕の結末!人間の欲望と欺瞞が渦巻く、葛西史郎シリーズ第一弾、心理サスペンスの傑作! あなたは、最後の最後まで騙される。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この欠け落ちた匣庭の中で 終章―Dream of miniature garden―

至堂文斗
ミステリー
ーーこれが、匣の中だったんだ。 二〇一八年の夏。廃墟となった満生台を訪れたのは二人の若者。 彼らもまた、かつてGHOSTの研究によって運命を弄ばれた者たちだった。 信号領域の研究が展開され、そして壊れたニュータウン。終焉を迎えた現実と、終焉を拒絶する仮想。 歪なる領域に足を踏み入れる二人は、果たして何か一つでも、その世界に救いを与えることが出来るだろうか。 幻想、幻影、エンケージ。 魂魄、領域、人類の進化。 802部隊、九命会、レッドアイ・オペレーション……。 さあ、あの光の先へと進んでいこう。たとえもう二度と時計の針が巻き戻らないとしても。 私たちの駆け抜けたあの日々は確かに満ち足りていたと、懐かしめるようになるはずだから。

紙の本のカバーをめくりたい話

みぅら
ミステリー
紙の本のカバーをめくろうとしたら、見ず知らずの人に「その本、カバーをめくらない方がいいですよ」と制止されて、モヤモヤしながら本を読む話。 男性向けでも女性向けでもありません。 カテゴリにその他がなかったのでミステリーにしていますが、全然ミステリーではありません。

No.57【ショートショート】瞬間移動装置とエフ氏

鉄生 裕
SF
科学者たちが開発した『瞬間移動装置』は完璧なものだと思われていた。 その時までは・・・。

雨の向こう側

サツキユキオ
ミステリー
山奥の保養所で行われるヨガの断食教室に参加した亀山佑月(かめやまゆづき)。他の参加者6人と共に独自ルールに支配された中での共同生活が始まるが────。

何の変哲もない違和感

遊楽部八雲
ミステリー
日常に潜む違和感を多彩なジャンル、表現で描く恐怖の非日常! 日本SFのパイオニア、星新一を彷彿とさせる独特な言い回し、秀逸な結末でお送りする至高の傑作短編集!!

霧谷村事件簿 ~隠蔽された過去と未来への軌跡~

bekichi
ミステリー
昭和25年、東北地方の霧に覆われた霧谷村で、中島家に双子が誕生した。村は古い風習や迷信が色濃く残る場所であり、この出来事は喜びと同時に複雑な感情をもたらした。産婦人科医の佐々木絵里の反応から、双子の誕生に関連するある秘密が示唆され、中島夫妻の喜びは深刻な表情へと変わった。この物語は、霧谷村の静けさに隠された秘密と、時を超えた運命の糸を辿る旅の始まりを告げる。中島家の子供たちの運命は複雑に絡み合い、未知の真実へと導かれることになる。そして、この夜は霧谷村の過去と未来を変える出来事の第一歩となる。

処理中です...