No.2【ショートショート】月を誘拐した男

鉄生 裕

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月を誘拐した男

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その日の夜、サムラブという大国にある小さな村の交番に
一通の犯行声明が届いた。



「無事に月を返してほしければ、我々に国を明け渡せ。
今から四十八時間以内に明け渡す用意できなければ、我々は月を爆破する。
いいか?我々は月を誘拐している。
無事に月を返してほしければ、サムラブを明け渡すのだ。
それから、くれぐれも嘘はつくなよ。我々の仲間は至る所にいる。
もし我々のうちの誰か一人にでも手を出すような真似をすれば、他の仲間が月を爆破するだろう。
我々の名前はイヴ。我々は月を誘拐している」



声明文を読んだ警官は、子供が悪ふざけで送ってきたのだろうと思い、
犯行声明の書かれた紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に放り投げた。



『たった今はいったニュースですが、先月打ち上げられたロケットとの通信が突如途絶えたそうです。
ロケットは地球時間の今朝八時に月に到着し、乗組員たちは月で作業をしていましたが、
突如通信が途絶えたそうです。
機材トラブルか、それとも乗組員たちに何かあったのか、詳細は今も不明です』



ラジオから流れてきた音声を耳にした警官は、
まさかと思いながらくしゃくしゃにした声明文をゴミ箱から拾い上げ、警察本部に電話をかけた。



「聞こえるかい、イヴ」

「ああ、しっかりと聞こえているよ。月が誘拐されたというのに、随分と時間がかかったね」

「こちらと月の通信を繋ぐのは容易ではないことは、君たちも十分知っているだろう。
それより、本題に入ろう。私はサムラブの元首であるカノウムだ」

「自己紹介なんかしなくても、自分の国の一番偉い奴のことくらいは知っているよ」

「という事は、やはり君は宇宙船イヴの乗組員だね?」

「国民の税金をこれでもかとつぎ込んで飛ばしたロケットの乗組員に、まさか月を誘拐されるとはね。
随分と間抜けな元首だな」

「そこにいる君たちは、全員が仲間なのかい?」

「ああ、元首も知っている通りこの宇宙船に乗っているのは八名のサムラブ人だ。
そして八人全員が、月を盗むために乗組員に志願したんだよ」

「・・・なんということだ。それで、お前たちの目的はなんだ?」

「はぁ?目的だって?ちゃんと声明文は呼んだのか?
最初から言っているように、俺たちの目的はサムラブを我々に明け渡すこと、それだけだ」

「そんな事できるわけがないだろ。
今この国にいる一億人以上の人間を国外に移すなんて、そんなことできるはずがない」

「何を言っているんだ?俺たちはべつに国民を海外へ追放しろなんて一言もいってないだろ。
俺たちは、サムラブを自由にしろと言っているんだよ。
つまりそれがどういうことか、元首様ならわかるよな?」

「もしかしてお前・・・、ハング派か?」



サムラブの国民は、ハング派とキツグ派の二つに分かれていた。

“この国を豊かにするモノはたった一つ。それは、力だ。
私が元首になった際は、より強固な国にすることを誓おう”

これが、カノウムのマニュフェストだった。

この国の国民は、そんな彼に共感するキツグ派と、
“強大な力は己を滅ぼす”という考えの反キツグ派であるハング派の二つに分かれている。

「ああ、その通りだよ。この国はおかしくなっちまった。
だから、一度リセットしなきゃならない。
そのためには、国の頭から変えなきゃいけないだろ?」

「お前の要求は分かった。少しだけ時間をくれないか」

「別に構わないが、残り時間はあと十時間しかないぞ。一秒でも過ぎれば、俺たちは月を爆破する」






「サムラブの国民達よ、今君たちに聞いてもらったのが、
今から八時間前に私と月を誘拐したイヴとのやり取りだ。
そして私は決意した。私は月を守るために、元首の座を降りることにする」

人々はテレビにかじりつくようにして、八時間前に起こった元首とイヴのやり取りや、彼の決意を聞いた。

「この国の国民は二極化してしまった。
しかし、それは誰のせいでもない。私のせいだ。
だが、私の考えが全て間違っていたとは思わない。
一国における力の重要性は、やはり国を守るうえでも大切な事だと思っている。
だが、それは国を守るための力だ。脅かすための力ではない。
私はそのことを国民にきちんと伝えることが出来なかったがために、国内での数多くの争いを生んでしまった。
確かにイヴのいう事は正しい。だが、奴が全て正しいわけではない。
もう一度言うが、平和のために力はどうしても必要になる。だが、それは脅かす力ではない。守る力だ」

国民はカノウムの決意に感動した。

カノウムは逃げ出しただけだという者もいたが、それでも彼の決意に感動し共感した者の方が圧倒的に多かった。

そして、カノウムは元首の座を降りた。






「これで本当によかったんですか、カノウム元元首」

「ああ、こうするしかなかったんだ」

「でも、他にもっといい方法があったのでは?」

「いや、こうまでしないと国民を一つにすることはできないだろう。
もう私一人の力ではどうにもできないほど、国民の意思は日増しに強くなっていった。
このままでは、他国への侵略も時間の問題だ。
だからといって彼らを抑制すれば、今度はこの国自体が滅びてしまう。
彼らを止めるには、彼らの想像を優に超える出来事が必要だった。
私の言葉を彼らに届けるには、無理矢理にでも彼らを立ち止まらせて、
耳を傾けさせる強引な手段が必要だったんだ」

「その結果が、月の誘拐ですか。最初にそれを聞いたときは、驚きすぎて声も出なかったですよ」

「しょうがないだろ。月が誘拐されたとなっちゃ、
さすがに国民も黙ってその行く末を見届けるほかないだろう」

「でも、これで晴れて元首の座を降りることが出来ましたね。
あなたは元首になってからずっと、この国が誤った方向に進んでいるのは自分のせいだと苦しんでいた。
これで少しは肩の荷も下りたでしょう。今まで、本当にお疲れさまでした」

「こんな形で君に元首の座を譲ることになって本当に申し訳ないと思っているよ。
イヴについてだが、あれは帰還途中に爆発したという事にしておこう。
どうせ元から無人機なのだから、その方が何かと都合がいいだろう」

「でも、イヴに搭乗しているはずの八名の乗組員はどうしますか?
国民は彼らの顔をきっと見たがるはずです」

「それも大丈夫だよ。
巧妙に作られた偽物の顔を被った八名の役者が、宇宙船に搭乗するフェイク映像なども用意してある。
その他にも様々な場面に対応できるようにフェイク映像は用意しているから、何かあればそれを使えばいいさ」

「あとは、諸外国にどう説明するかですね。
全てカノウム元元首が作り上げた嘘だなんて、口が裂けても言えないですから」

「ああ、それについては私も一緒に考えるよ。
でも、それもなんとかなるだろう。国民達の目を見たまえよ。今朝の彼らとはまるで別人のようだ」
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