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ヒーロー
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まず最初に、彼がどういう人間かを五行で説明しよう。
何をやってもうまくいかない、引っ込み思案の臆病者。
いつもオドオドしていて、他人と関わることがなによりも苦手。
バイト先では同僚や客から、声が小さい、愛想を良くしろと怒られ冷やかされる毎日。
好きなものは映画と特撮。
三十歳手前でようやく一人暮らしを始めたコミュ障。
これが彼だ。
そんな彼のたった一つの夢は、“ヒーローになる”ことだった。
彼の通っていた幼稚園では、毎年卒園式に生徒が一人ずつ壇上で将来の夢を大声で発表するという、
なんとも小恥ずかしい悪習があった。
園児達が警察官や消防士、パティシエと将来の夢を発表していくなか、
彼は大声で“正義のヒーロー!”と胸を張ってそう言った。
保護者達は大爆笑。
もちろん、彼の両親を除いてだが。
皆が彼の夢を笑った。
ヒーローだなんて、そんな子供みたいなことをいつまで言っているのだと。
彼のことが大好きな両親ですら、その時だけは自分の息子を恥じた。
だが、彼はあきらめなかった。
なぜかって?
しょうがないだろ。
だって、それは彼の“夢”なんだから。
夢は希望だ。
正義のヒーローは、彼にとっての希望なんだ。
別に大勢のヒーローになれなくてもいい。
誰かたった一人の希望になれたら、彼はその人にとってのヒーローになるのだから。
さて、少し脱線してしまったが、彼がどんな人物か少しは分かってもらえただろうか。
そしてこれは、そんな彼が本物の“ヒーロー”になった日のお話だ。
バイト終わりにいつもの道を歩いていると、父親と娘が手を繋ぎながらこちらに向かって歩いてきた。
彼の他人嫌いは、老若男女関係なかった。
いつも通り、彼は二人から身を隠すように道路の端へと寄った。
だが、彼はその少女に目を惹かれた。
少女というよりは、少女が背負っていたリュックに付いていた仮面サイバーのキーホルダーに目を惹かれたのだ。
「あの、それって仮面サイバーのキーホルダーですよね?しかもレア仕様じゃないですか!
そもそもそのキャラはシークレット枠で、ガチャガチャで満杯の状態でも
2~3個しか入ってないって言われているのに、その中でも更に稀少なスペシャルラメ仕様!
500個に1個あるかないかって言われている、超レアなキーホルダーですよね!?」
なんて、流暢に声を掛けることが出来るわけはなく、黙ったままじっとそのキーホルダーを凝視していた。
「あの、娘が何か?」
父親は自分の娘がてっきり何かしたのではないかと勘違いして、彼にそう尋ねた。
「あ、いえ・・・その・・・すいませんでした」
一瞬にして現実に引き戻された彼は、うろたえながら逃げるようにその場を走り去ろうとした。
だがその瞬間、彼の手が少女の腕に当たった。
「あ・・・、すいません、すいません」
彼はそう言いながら、自分よりずっと年下の少女に何度も頭を下げて謝った。
けれど、少女は顔色を変えることなく、じっと彼のことを見つめていた。
彼は少しの違和感を覚えたが、それよりも今は一刻も早くこの親子の前から消え去ることが最重要事項だった。
「本当にすいませんでした」
彼は親子に頭を下げてそう言うと、走ってその場を後にした。
ようやく親子から逃げることが出来た彼は、先程感じたあの違和感について考えていた。
別に普通の親子だろ?
手を繋いで歩くなんて、仲の良い親子じゃないか。
でも、どうして彼女はあんな顔で僕をじっと見ていたのだろう?
別に何か言うわけでもなく、ただ黙ってじっと僕を見ていた。
それに、あれは何だったのだろう?
どこかで見たことがある気がするのだが、、、
どこで見たんだっけ?
そこで彼はようやく“あれ”が何なのかを思い出した。
でも、もしそれが本当だとしたら。
そう考えた瞬間、彼は今までに経験したことの無い恐怖に襲われ、足が動かなくなった。
もし本当に“あれ”がそうなら、今すぐ人を呼ばなきゃ。
でも、こんな時間だし、しかもここはただでさえ人通りが少ない。
電話で誰かを呼ぼうにも、待っている暇なんかない。
どうしよう。
なぁ、ヒーロー、どうしたらいいんだよ?
助けてくれよ、ヒーロー。
ピンチの時に現れるのがヒーローだろ?
不可能を可能にするのがヒーローの役目だろ?
どうしたんだよヒーロー、早く来てくれよ、、、
「あの・・・すいません・・・」
「ああ、さきほどの。私たちに何か?」
「・・・」
「あの、聞いてます?」
「・・・」
「なんですか?そんなに睨みつけて、何か用があるならちゃんと言ってください」
「・・・」
「おい、ふざけてんのか?さっきからじっと睨みやがって。何か文句があるんだったら言えよ。
ずっと黙ったままで、気持ち悪い奴だなお前」
すると彼は少女の方を向き、リュックに付いているキーホルダーを指さしながら言った。
「あの、それって仮面サイバーのキーホルダーですよね?しかもレア仕様じゃないですか。
そもそもそのキャラはシークレット枠で、ガチャガチャで満杯の状態でも
2~3個しか入ってないって言われているのに、その中でも更に稀少なスペシャルラメ仕様。
500個に1個あるかないかって言われている、超レアなキーホルダーですよね?」
親子は彼の勢いに圧倒され、呆気に取られてしまった。
すると彼は立て続けに、持っていたスマホのライトをつけ、父親の顔に思い切り当てた。
「何すんだよ!」
と言いながら父親は両手で彼のスマホを払ったが、その隙に彼は少女を抱きかかえると、全速力で走った。
そして彼と父親の距離はどんどん離れていった。
なぜだか、彼は運動神経だけはそこそこよかったのだ。
しかし、少女とはいえ人ひとり抱えて走るには相当の体力がいる。
あっという間に父親は彼に追いつくと、彼と少女を強引に引き離そうとした。
しかし、彼は決して少女を離さなかった。
彼は少女を抱きかかえるようにして、その場にしゃがみこんだ。
父親は何度も彼の脇腹を蹴ったが、それでも彼は少女を離さなかった。
父親は何度も彼の頭を殴ったが、それでも彼は少女を離さなかった。
父親は何度も彼の背中を鋭利な枝で刺したが、それでも彼は少女を離さなかった。
背中や頭からは血がたくさん出ていたけれど、それでも彼は少女を離さなかった。
次第に身体の感覚が無くなってきたけれど、それでも彼は少女を離さなかった。
怖かった。
痛かった。
寂しかった。
叫びたかった。
逃げ出したかった。
泣きたかった。
それでも彼は、笑顔で彼女を抱きしめたまま絶対に離そうとしなかった。
それからしばらくして数人の男性の声が聞こえた気がしたけれど、意識は当の昔に薄れていたから、
よくわからなかった。
ただ、やっと終わったんだと、そう思った。
気が付くと、彼は病院のベッドの上だった。
ベッドの隣に置かれた椅子に座っていた両親は、目を覚ました彼を見ると、泣きながら彼の手を握った。
「ご気分はどうですか?」
コートを羽織った男は彼にそう尋ねた。
「申し遅れました、××署の佐藤と申します」
それから彼は、刑事から少女のことを聞いた。
少女と手を繋いでいた男は、彼女の父親だった。
会社をリストラされた彼は妻にそのことを伝えると、妻は怒号し罵倒した。
頭に血が上った彼は妻を包丁で何度も刺し、気づいたときには妻は息をしていなかった。
それから彼は、娘を連れて家から出た。
彼は、娘と共に心中しようと思っていた。
死に場所を探していたその時、親子は彼に出会ったのだ。
「それにしても、父親が娘を連れて心中しようとしていたなんて、よく気づきましたね」
当然彼は、親子が心中しようとしていたなんてことは知らなかった。
だが、彼女がそれを知らせてくれたのだ。
あの時、少女は彼だけに見えるように、あるサインを送っていた。
父親と手を繋いでいたため右手は塞がれていたが、空いていたその左手で必死に彼にサインを送っていたのだ。
そして、彼は運良くそのサインを知っていた。
前日の夜に見ていたニュースで、偶然そのハンドサインのことを取り扱っていたのだ。
「・・・それで、あの子は無事なんでしょうか?」
「ええ、あなたのおかげでね。あなたが、彼女を救ったんです」
その瞬間、堪えていたものが一気に溢れ出した。
両目から大粒の涙をボロボロとこぼしながら、何度も、「よかった、よかった」と言った。
「それとこれ、彼女からです。彼女はまだ軽いショック状態で、
しかもあの時のことが相当トラウマになっているようです。
だから、あなたと直接会えるのは、申し訳ないですがもう少し先になりそうです」
刑事はそう言いながら、少女がリュックに付けていたキーホルダーと、
彼女の字で“仮面サイバーへ”と書かれた紙を手渡した。
紙に書かれていた“仮面サイバーへ”という意味が、最初はわからなかった。
けれど、刑事に、
「それでは、私はそろそろ失礼します。あなたが休んでいる間は、私が全力で街の平和を守ります。
だから、今は安心してゆっくり休んでくださいね、ヒーロー」
そう言われて、やっと紙に書かれたその文字の意味がわかった。
僕の夢は、ようやく叶ったんだ。
目を覚ました日の翌日、私を救ってくれたヒーローは容態が急変しそのまま亡くなった。
身体を張って私を守ってくれたあの時、ヒーローは苦しい表情を一瞬たりともしなかった。
とても怖かったはずなのに。
とても痛かったはずなのに。
とても辛かったはずなのに。
叫びたかったはずなのに。
逃げ出したかったはずなのに。
泣きたかったはずなのに。
それでもヒーローは、笑顔で私の目を見つめながら、私のことを優しく包んでくれた。
その後、父は偶然その場を通りかかった三人組の学生に取り押さえられ、私とヒーローは病院へ搬送された。
けれど、その時の私はヒーローの顔を見るのが怖かった。
彼の顔を見ると、きっとあの時のことを思い出してしまうから。
だから、私は刑事さんにキーホルダーと彼へのメッセージを書いた紙を渡した。
最初は“私のヒーローへ”と書いたのだか、恥ずかしくなってしまった私は消しゴムでその文字を消すと、上から“仮面サイバーへ”と書き直した。
別に書き直す必要なんてなかったと、今になって思う。
最初に書いたあの言葉が、私の本当の気持ちなのだから。
でも、私の気持ちはきっと彼に伝わっているはずだ。
だって、彼は私にとっての仮面サイバーなのだから。
彼は、たった一人の“私のヒーロー”なんだから。
何をやってもうまくいかない、引っ込み思案の臆病者。
いつもオドオドしていて、他人と関わることがなによりも苦手。
バイト先では同僚や客から、声が小さい、愛想を良くしろと怒られ冷やかされる毎日。
好きなものは映画と特撮。
三十歳手前でようやく一人暮らしを始めたコミュ障。
これが彼だ。
そんな彼のたった一つの夢は、“ヒーローになる”ことだった。
彼の通っていた幼稚園では、毎年卒園式に生徒が一人ずつ壇上で将来の夢を大声で発表するという、
なんとも小恥ずかしい悪習があった。
園児達が警察官や消防士、パティシエと将来の夢を発表していくなか、
彼は大声で“正義のヒーロー!”と胸を張ってそう言った。
保護者達は大爆笑。
もちろん、彼の両親を除いてだが。
皆が彼の夢を笑った。
ヒーローだなんて、そんな子供みたいなことをいつまで言っているのだと。
彼のことが大好きな両親ですら、その時だけは自分の息子を恥じた。
だが、彼はあきらめなかった。
なぜかって?
しょうがないだろ。
だって、それは彼の“夢”なんだから。
夢は希望だ。
正義のヒーローは、彼にとっての希望なんだ。
別に大勢のヒーローになれなくてもいい。
誰かたった一人の希望になれたら、彼はその人にとってのヒーローになるのだから。
さて、少し脱線してしまったが、彼がどんな人物か少しは分かってもらえただろうか。
そしてこれは、そんな彼が本物の“ヒーロー”になった日のお話だ。
バイト終わりにいつもの道を歩いていると、父親と娘が手を繋ぎながらこちらに向かって歩いてきた。
彼の他人嫌いは、老若男女関係なかった。
いつも通り、彼は二人から身を隠すように道路の端へと寄った。
だが、彼はその少女に目を惹かれた。
少女というよりは、少女が背負っていたリュックに付いていた仮面サイバーのキーホルダーに目を惹かれたのだ。
「あの、それって仮面サイバーのキーホルダーですよね?しかもレア仕様じゃないですか!
そもそもそのキャラはシークレット枠で、ガチャガチャで満杯の状態でも
2~3個しか入ってないって言われているのに、その中でも更に稀少なスペシャルラメ仕様!
500個に1個あるかないかって言われている、超レアなキーホルダーですよね!?」
なんて、流暢に声を掛けることが出来るわけはなく、黙ったままじっとそのキーホルダーを凝視していた。
「あの、娘が何か?」
父親は自分の娘がてっきり何かしたのではないかと勘違いして、彼にそう尋ねた。
「あ、いえ・・・その・・・すいませんでした」
一瞬にして現実に引き戻された彼は、うろたえながら逃げるようにその場を走り去ろうとした。
だがその瞬間、彼の手が少女の腕に当たった。
「あ・・・、すいません、すいません」
彼はそう言いながら、自分よりずっと年下の少女に何度も頭を下げて謝った。
けれど、少女は顔色を変えることなく、じっと彼のことを見つめていた。
彼は少しの違和感を覚えたが、それよりも今は一刻も早くこの親子の前から消え去ることが最重要事項だった。
「本当にすいませんでした」
彼は親子に頭を下げてそう言うと、走ってその場を後にした。
ようやく親子から逃げることが出来た彼は、先程感じたあの違和感について考えていた。
別に普通の親子だろ?
手を繋いで歩くなんて、仲の良い親子じゃないか。
でも、どうして彼女はあんな顔で僕をじっと見ていたのだろう?
別に何か言うわけでもなく、ただ黙ってじっと僕を見ていた。
それに、あれは何だったのだろう?
どこかで見たことがある気がするのだが、、、
どこで見たんだっけ?
そこで彼はようやく“あれ”が何なのかを思い出した。
でも、もしそれが本当だとしたら。
そう考えた瞬間、彼は今までに経験したことの無い恐怖に襲われ、足が動かなくなった。
もし本当に“あれ”がそうなら、今すぐ人を呼ばなきゃ。
でも、こんな時間だし、しかもここはただでさえ人通りが少ない。
電話で誰かを呼ぼうにも、待っている暇なんかない。
どうしよう。
なぁ、ヒーロー、どうしたらいいんだよ?
助けてくれよ、ヒーロー。
ピンチの時に現れるのがヒーローだろ?
不可能を可能にするのがヒーローの役目だろ?
どうしたんだよヒーロー、早く来てくれよ、、、
「あの・・・すいません・・・」
「ああ、さきほどの。私たちに何か?」
「・・・」
「あの、聞いてます?」
「・・・」
「なんですか?そんなに睨みつけて、何か用があるならちゃんと言ってください」
「・・・」
「おい、ふざけてんのか?さっきからじっと睨みやがって。何か文句があるんだったら言えよ。
ずっと黙ったままで、気持ち悪い奴だなお前」
すると彼は少女の方を向き、リュックに付いているキーホルダーを指さしながら言った。
「あの、それって仮面サイバーのキーホルダーですよね?しかもレア仕様じゃないですか。
そもそもそのキャラはシークレット枠で、ガチャガチャで満杯の状態でも
2~3個しか入ってないって言われているのに、その中でも更に稀少なスペシャルラメ仕様。
500個に1個あるかないかって言われている、超レアなキーホルダーですよね?」
親子は彼の勢いに圧倒され、呆気に取られてしまった。
すると彼は立て続けに、持っていたスマホのライトをつけ、父親の顔に思い切り当てた。
「何すんだよ!」
と言いながら父親は両手で彼のスマホを払ったが、その隙に彼は少女を抱きかかえると、全速力で走った。
そして彼と父親の距離はどんどん離れていった。
なぜだか、彼は運動神経だけはそこそこよかったのだ。
しかし、少女とはいえ人ひとり抱えて走るには相当の体力がいる。
あっという間に父親は彼に追いつくと、彼と少女を強引に引き離そうとした。
しかし、彼は決して少女を離さなかった。
彼は少女を抱きかかえるようにして、その場にしゃがみこんだ。
父親は何度も彼の脇腹を蹴ったが、それでも彼は少女を離さなかった。
父親は何度も彼の頭を殴ったが、それでも彼は少女を離さなかった。
父親は何度も彼の背中を鋭利な枝で刺したが、それでも彼は少女を離さなかった。
背中や頭からは血がたくさん出ていたけれど、それでも彼は少女を離さなかった。
次第に身体の感覚が無くなってきたけれど、それでも彼は少女を離さなかった。
怖かった。
痛かった。
寂しかった。
叫びたかった。
逃げ出したかった。
泣きたかった。
それでも彼は、笑顔で彼女を抱きしめたまま絶対に離そうとしなかった。
それからしばらくして数人の男性の声が聞こえた気がしたけれど、意識は当の昔に薄れていたから、
よくわからなかった。
ただ、やっと終わったんだと、そう思った。
気が付くと、彼は病院のベッドの上だった。
ベッドの隣に置かれた椅子に座っていた両親は、目を覚ました彼を見ると、泣きながら彼の手を握った。
「ご気分はどうですか?」
コートを羽織った男は彼にそう尋ねた。
「申し遅れました、××署の佐藤と申します」
それから彼は、刑事から少女のことを聞いた。
少女と手を繋いでいた男は、彼女の父親だった。
会社をリストラされた彼は妻にそのことを伝えると、妻は怒号し罵倒した。
頭に血が上った彼は妻を包丁で何度も刺し、気づいたときには妻は息をしていなかった。
それから彼は、娘を連れて家から出た。
彼は、娘と共に心中しようと思っていた。
死に場所を探していたその時、親子は彼に出会ったのだ。
「それにしても、父親が娘を連れて心中しようとしていたなんて、よく気づきましたね」
当然彼は、親子が心中しようとしていたなんてことは知らなかった。
だが、彼女がそれを知らせてくれたのだ。
あの時、少女は彼だけに見えるように、あるサインを送っていた。
父親と手を繋いでいたため右手は塞がれていたが、空いていたその左手で必死に彼にサインを送っていたのだ。
そして、彼は運良くそのサインを知っていた。
前日の夜に見ていたニュースで、偶然そのハンドサインのことを取り扱っていたのだ。
「・・・それで、あの子は無事なんでしょうか?」
「ええ、あなたのおかげでね。あなたが、彼女を救ったんです」
その瞬間、堪えていたものが一気に溢れ出した。
両目から大粒の涙をボロボロとこぼしながら、何度も、「よかった、よかった」と言った。
「それとこれ、彼女からです。彼女はまだ軽いショック状態で、
しかもあの時のことが相当トラウマになっているようです。
だから、あなたと直接会えるのは、申し訳ないですがもう少し先になりそうです」
刑事はそう言いながら、少女がリュックに付けていたキーホルダーと、
彼女の字で“仮面サイバーへ”と書かれた紙を手渡した。
紙に書かれていた“仮面サイバーへ”という意味が、最初はわからなかった。
けれど、刑事に、
「それでは、私はそろそろ失礼します。あなたが休んでいる間は、私が全力で街の平和を守ります。
だから、今は安心してゆっくり休んでくださいね、ヒーロー」
そう言われて、やっと紙に書かれたその文字の意味がわかった。
僕の夢は、ようやく叶ったんだ。
目を覚ました日の翌日、私を救ってくれたヒーローは容態が急変しそのまま亡くなった。
身体を張って私を守ってくれたあの時、ヒーローは苦しい表情を一瞬たりともしなかった。
とても怖かったはずなのに。
とても痛かったはずなのに。
とても辛かったはずなのに。
叫びたかったはずなのに。
逃げ出したかったはずなのに。
泣きたかったはずなのに。
それでもヒーローは、笑顔で私の目を見つめながら、私のことを優しく包んでくれた。
その後、父は偶然その場を通りかかった三人組の学生に取り押さえられ、私とヒーローは病院へ搬送された。
けれど、その時の私はヒーローの顔を見るのが怖かった。
彼の顔を見ると、きっとあの時のことを思い出してしまうから。
だから、私は刑事さんにキーホルダーと彼へのメッセージを書いた紙を渡した。
最初は“私のヒーローへ”と書いたのだか、恥ずかしくなってしまった私は消しゴムでその文字を消すと、上から“仮面サイバーへ”と書き直した。
別に書き直す必要なんてなかったと、今になって思う。
最初に書いたあの言葉が、私の本当の気持ちなのだから。
でも、私の気持ちはきっと彼に伝わっているはずだ。
だって、彼は私にとっての仮面サイバーなのだから。
彼は、たった一人の“私のヒーロー”なんだから。
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