愛に縛られ、愛に溺れる

69

　他にも痕が残っていないか、自分の身体を確認していく。他には目立った痕はないようで、少しだけ安堵する。だが、手首の痕の言い訳が頭の痛い問題だった。
　いつまでも、全裸で立ち尽くしたままというわけにもいかず、水瀬は浴室に足を踏み入れる。
　シャワーで全身を清めると、昨日着てきた服に着替えた。
　水瀬がリビングに入ると、トーストの香ばしい匂い鼻先をつく。

｢ちょうど良いタイミングですね。できあがったんで、食べてください｣

　机に朝食を運ぶ鳴河が、こちらを見て言う。その顔は昨日の冷めた目ではなく、昔の穏やかな表情だった。

｢……うん。ありがとう｣

　本当は今すぐでも帰りたかったが、せっかく作ってくれたのを無碍に出来るほど水瀬は鬼にはなれなかった。
　椅子に腰掛けると、目の前にはスクランブルエッグとベーコンにサラダ、綺麗な焼き目のついたトーストが並んでいる。
　鳴河が席についた所で、水瀬は頂きますと言って、トーストをかじる。
　昨日の今日で、向かい合わせで食事を取るのは、座りが悪かった。それでも、美味しい朝食を口にすると、僅かなりに気持ちも落ち着く。

｢俺、理玖さんが食べてるとこ見るの好きなんです｣

　夢中で食べていたことを指摘されたようで、水瀬は決まり悪げにフォークを下ろす。
　その様子に鳴河は苦笑すると、｢からかってるわけじゃないですから｣と言って、水瀬に食べるように促した。

｢いつも美味しそうに食べてくれるんで、作りがいがあるんです。前から思ってましたけど」
｢そうかな……本当に美味しいからだと思うけど｣

　忖度なしに、鳴河の料理は美味しかった。それは今も昔も変わってはいない。
　食事を終えると、水瀬は早々に洗い物をしようと食器を運ぶ。
　それを鳴河は｢変わらないですね｣と言って、押しとどめた。