海原に浮かぶ金剛石

箕田 悠

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 天堂家の邸宅に着いた頃には、九時を回っていた。正面の玄関口から入るのは憚れて、遼祐は裏口に回る。
 見つからないように邸宅内に入れたものの、部屋に向かう長い廊下の途中で光隆に出くわした。
 帰宅したばかりなのか、光隆はきっちりとした背広姿だった。光隆は遼祐を見るなり不快感を示すが如く、眉を寄せる。

「随分と遅いご帰宅だな。発情期が近いんじゃなかったのか?」
「……はい」
「部屋から出るどころか外出するとは、これまた大胆だな」

 侮蔑の滲む眼差しに、遼祐は俯きつつ「申し訳ございません」と口にした。

「それともなんだ、番にしない俺へのあてつけか」
「そんなことは――」
「だったら何だ? お得意のニオイで公家や貴族でも捕まえに行っていたのか」

 嘲笑する光隆に遼祐は首を横に振る。どう弁解しても光隆の口から出る言葉は、オメガである遼祐を愚弄するものばかりだった。
 愛などないことぐらい分かっていたが、せめて少しばかしの情は欲しかった。
「いえ、そんなことは決して」
「まぁ、いい。さっさと部屋に戻れ」

 言うなり光隆は、遼祐の脇を足早に通り過ぎていく。

 足音が聞こえなくなった頃、ようやく張っていた肩の力を抜く。
 発情期が始まると分かっていて、部屋には呼ばれない。それがどれだけ惨めで、屈辱的なことなのか。光隆が分からないはずはない。
 子供を作らなければ、オメガの存在価値はないのが通俗なのだから。
 心は酷く痛むのに、身体はどんどん熱を帯びていた。
 遼祐は湯を浴びてから部屋に戻ると、懐から包みを取り出す。
 あのルアンという獣人が、嘘をついているようには見えない。それでも大日本帝国を植民地にする為に、抑制剤と称して毒をばら撒かないとは言い切れないだろう。
 包みを開くと白い粒が二錠現れる。
 毒だったとしても、元々は死ぬ予定だった。それが少し伸びただけのこと。ふと、遺書をあの海辺に置いてきたことを思い出す。
 仕方なくもう一度書き直し、机の中心に置く。寝台に腰掛けると、グラスと薬をそれぞれの手に持った。
 微かに手が震えだす。

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