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しおりを挟む「助けていただき……ありがとうございます」
遼祐がまともに口を聞けるようになったのは、獣人が焚火を炊いて周囲が闇に閉ざされた頃だった。
恐れもあったが、助けてくれたのだから悪い者ではないのは明白だ。それに日本語が分かるという点も、警戒心を緩める要素にもなった。
「いや、いい。それよりもだ」
そう言って獣人が顔を顰め、匂いを嗅ぎ分けるように鼻先を動かした。
「お前はオメガか?」
その一言に緩んでいた警戒心が一気に引き締まる。寒さではなく、恐怖で足が震えだす。
「発情期が近いな」
襲われるかもしれない。遼祐は咄嗟に立ち上がり、逃げようと震える足に喝を入れ走り出す。
「待て。その体じゃ、辛いだろう」
そう言って獣人はあっという間に追いつくと、遼祐の腕を掴んだ。
「は、離してください!」
必死に振り払おうとするも、びくともしなかった。遼祐の華奢な身体に対して、相手は強靭な身体つきをしていていた。
自分の背丈よりも頭二つ分は高いようで、圧倒的な体格差を思い知らされてしまう。
「まだ間に合う。これを飲め」
怯える遼祐を尻目に獣人は淡々と言った。
無理矢理手首を掴まれ、手を開かされる。ポケットから何やら包みを取り出すと、手のひらに乗せられた。
「抑制剤だ。発情期を抑えられる」
「そ、そんなものあるわけないっ」
そんな話は聞いたことがなかった。
この十年間。周期毎に訪れる苦痛に精神をすり減らしてきたのだ。それを手のひらに乗せられている小さな包み一つで、解放されるなんて俄かには信じ難い。
「あるわけないと何故言い切れるんだ? お前は世界のことを何でも掌握しているのか?」
獣人の問いかけに言葉が詰まる。口を開けずにいる遼祐に「俺は抑制剤の売りにこの国に来た」と言って、掴んでいた遼祐の腕を離した。
「この国ではオメガは未だに、普通の生活すらままならないと聞いたからだ。お前を見て、それが確証に変わった」
ギラリと光る双眸が、静かに空に向けられた。満天の星空には、鋭利な三日月がぽつりと置かれている。
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