恋する熱帯魚

箕田 悠

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第十四章

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 ハルヤが店を辞め、自分の元にくるつもりはない。要はそういうことなのだろう。

「君は俺の所に来るつもりはないのか?」

 ハルヤは俯いたまま、小さく頷く。

「……そうか」

 無理強いはするつもりはないと、最初から決めていた。彼がここを出て、どうやって生きていくのか。気にならないわけじゃない。でもそれが、彼の意思なのであれば止める権利は自分にはない。

「分かった。金魚は俺が責任もって連れて帰る」

 棚に近づくと、並べられていた本はすっかりなくなっていた。本当にここを出るつもりだったのだ。キミヨが連絡してこなければ、ハルヤは黙ったまま、姿を消していたのかもしれない。胸がじくりと痛んだ。
 金魚鉢の中で泳ぐ金魚が二匹。縦横無尽に泳ぎ回っている。健康状態も良好なのは、きちん管理していた証だった。

「綺麗だな。ちゃんと世話していたのがよく分かる」

 買ったときよりも色艶が良く、光に反射した鱗が朱色に光っている。

「今までありがとう」

 松原は振り返り、ハルヤの背に向かって言った。小刻みに震えている背を見ないふりした。
 一緒に来て、傍に居て欲しい。そう言いたくとも、彼の意思に反して自分が出しゃばるわけにはいかない。

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