恋する熱帯魚

箕田 悠

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第十一章

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「寒いので準備してきます。少し待っていてください」

 松原が呆気にとられているうちに、ハルヤは松原から身を離し、ちゃぶ台の上のお重を重ね始めた。
 松原も腰を上げると、皿やグラスを重ねていく。
 座って待つようにハルヤは言ってきたが、気持ちがせっているようで落ち着いてはいられなかった。

「今日は客じゃない。気にするな」

 まるで思春期男子みたいな自分を隠すように、松原はさっさと食器を抱えて立ち上がった。
 ハルヤの後について厨房に向かった後、二階への階段を上っていく。
 建物内は二人きりだけのようで、眠っているかのように静まり返っていた。歩くと軋む床の音が、やたら大きく感じられる。

「この建物も老朽化が進んでいて、改良工事をしてはいるんです。でも、長くは持たないかもしれません」

 部屋に向かう道すがら、ハルヤがぽつりと言った。

「そうだな。人も建物もどんどん歳を取っていく。それは誰にも止められないからな」
「母が客を取れなくなったのも、歳を取ったからなんでしょうか」

 唐突に母親の話が出たことで、松原は息を呑む。ハルヤはそれ以上口を開くことはなく、部屋の襖を開くと先に入って電気をつけた。
 真っ暗だった室内が、ぼんやりとした明かりに晒される。

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