恋する熱帯魚

箕田 悠

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第三章

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 そろそろコートを出さなければと、松原は指定の店に向かう道すがら身を震わせる。
 左右に立ち並ぶイチョウ並木の黄色い葉が、地面に色をつけていた。
 部署の飲み会に指定された店は、あの歓楽街と同じ駅。案内の紙を見たとき、松原は少しばかり狼狽えた。
 あの日の夜から四ヶ月が経つ。
 ハルヤのことは、ぼんやりとした記憶に変わりつつあった。
 それなのにあの場所から近いと分かってしまうと、嫌でも記憶が巻き戻されてしまう。
 行かないという選択肢もあったが、今後の円滑な人間関係の為にもこういう誘いはできるだけ参加しておきたい。営業マンは飲みに行ってなんぼの世界だ。
 それにあの歓楽街は、駅の南口から離れた場所にある。一方で指定の店は、北口に位置していた。要は反対の南口にさえ行かなければ、会うことはないはずだ。
 断る理由も思いつかず、松原は飲み会に参加した。
 二時間ほどの飲み会を終えて、二次会は体調不良と嘘ついて断った。
 一人で駅に向かって松原は歩みを進める。
 周囲は居酒屋が何店舗も連なり、キャッチの男性が道行くサラリーマンの団体に声をかけていた。
 目の前に迫った駅舎に、不自然に松原の心臓が早まっていく。

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