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第二章
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しおりを挟む春夜が彼に話した男のことは、自分のことだ。
この界隈の店の多くは、自分の素性に関わることは口にしてはいけない決まりとなっている。
非日常感のある世界として、普段の忙しない喧騒から離れることのできる場所としてもてなす。それがこの界隈の店の魅力を支える一つでもあった。
他の人物の話だと偽ってまで自分の話をしたのは、きっと珍しい客であったせいもある。
それに彼の冷たい目が、なんだか辛かった。こんな人間もいて、ここでしか生きるすべがないのだと伝えたかったというのもある。
全ては語り尽くせなかったけれど、それでも春夜は満足だった。
「ハルヤ。あんた、まだここにいたのかい」
ここの支配人であるキミヨが、部屋に入ってくるなり驚いた表情で声を上げた。
「次の準備は済んだのかい? 掃除するから出ていきな」
キミヨがいつもの仏頂面で、春夜を部屋から出るよう促した。少し曲がった腰を支えるように、キミヨはちゃぶ台に手を付いて腰を下ろす。
「問題ないよ。それから寝室はしなくて大丈夫だから」
「あんた、それはどういう意味だい?」
訝しげに問うキミヨに「彼は僕を抱かなかったんだ」と言って、春夜は窓枠から腰を上げた。
「おかしな客だね。高い金をお偉いさんに出させておいて、何もしないなんて。お前を気にいらなかったんじゃないのかい?」
ちゃぶ台の上を片付けつつ、キミヨが素っ気なく言い放つ。
「うん。そうかもしれない」
春夜は再び、大通りに視線を落とす。
当然のように男の姿はどこにもなかった。
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