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残傷の冬
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冬の夜は早く、まだ五時だというのに空は暗くなり始めていた。
僕たちは帰ることにして、祖父母の家を後にした。
「またいつでも遊びに来なさい」
祖父が見送りの際に、咲本に向かって言った。その手には澄子さんもいる。
「ええ。また、是非お邪魔します」
最後まで咲本は好青年を貫き通し、人好きのする笑みを浮かべていた。
駅に向かう道すがら、祖父母から見えない距離に来たのを確認すると、僕はやっと不平を漏らそうと口を開こうとする。
だけどその前に、咲本が大きく伸びをして「めっちゃ疲れたー」と叫ぶ。
「やっぱ疲れんな。気を遣うのってよー。だけどこれで、お前の祖父母も安心しただろ」
そう言ってニヤリと笑う咲本に、僕は言葉を呑み込んだ。
「俺の社交力、なかなか凄かっただろ? 普段はすげー、口うるせージジババだけどよ……こういう時に役に立つんだな」
「……ありがとう」
色々と思うところはあったけれど、咲本なりに一生懸命だったのだと分かると、感謝しか口に出来なかった。
「気にすんなって。俺も認めて貰えればそれで良いからな。祖父母をちゃんと大事にしろよ」
僕は頷く。言われなくても大切にするつもりだ。
「ところでよぉ、叔父から連絡があったんだ」
「叔父さんから?」
今度は何事だと僕の中で不安が過る。
「冬休みに、二人で遊びに来いってさ」
「えっ?」
「いやさぁ……本当は断りたいところなんだけど、なんか雪男がどうのこうの言ってて――」
咲本が気まずそうに苦笑する。
あれだけ啖呵を切っていたのに、早々に僕を生け贄にする気なのだろう。まだ、悪いと思っているのがほんの少し伝わるだけマシだけど。
「雪男? そんなの日本にいるの?」
「なんか叔父さんいわく、あの山で見たらしいんだよ。大男が雪山を駆け上がっていく姿をな。まぁー見間違えかもしんねーけど」
どう考えても見間違えに違いない。だけどあの山はカッパだの、狐の嫁入りだの、怪異が詰まっている。本当か嘘か別にしても、類は友を呼ぶ原理で、集まってくる可能性はなくはないかもしれない。
そんな風に考えてしまい、思考が咲本よりになったと僕は慌てて考えを改める。
叔父さんがただ、生み出している幻想に違いない。そんなこと、あり得ないと……
「だけどよーこの目で確認してねぇんだから、叔父さんを嘘つき呼ばわりは出来ねーだろ。現に、影女もとい怨霊はいたわけでさぁ。カッパや狐の嫁入りがあるぐれーだから、雪男がいたっておかしくねぇーしな」
最初に浮かんだ僕の考えを咲本が口にする。やっぱり僕は咲本に毒されつつあるようだった。
「で? 咲本も気になるの?」
結局はそこに行き着く。僕が水を向けると、やっぱりというべきか、「まぁーな」と咲本が言う。
「でも、祐智が乗り気じゃ無いならなぁ……」
「しょうがないなぁ。良いよ」
「本当か!」
そんなに驚かなくてもと、僕はおかしかった。
「今日も付き合って貰ったし」
夏のあの出来事を忘れたわけじゃないし、確かに不安もある。だけど、咲本ばかりに恩を着せるのは嫌だった。
「なんかあったら、必ず守るからな」
咲本が勢いよく僕の肩を抱く。
前につんのめりそうになり、思わず咲本を睨んだ。
「危ないなーもう」
「わりぃわりぃ、つい嬉しすぎてな」
いつまでも僕の肩に腕を乗せている咲本に、「重いんだけど」と腕を払おうとする。
「良いじゃん。寒いんだしさ」
「周りから変な奴らだって、思われるよ」
駅に近づくにつれて、人も増えてくる。あんまり目立つようなことはしたくなかった。
僕たちは帰ることにして、祖父母の家を後にした。
「またいつでも遊びに来なさい」
祖父が見送りの際に、咲本に向かって言った。その手には澄子さんもいる。
「ええ。また、是非お邪魔します」
最後まで咲本は好青年を貫き通し、人好きのする笑みを浮かべていた。
駅に向かう道すがら、祖父母から見えない距離に来たのを確認すると、僕はやっと不平を漏らそうと口を開こうとする。
だけどその前に、咲本が大きく伸びをして「めっちゃ疲れたー」と叫ぶ。
「やっぱ疲れんな。気を遣うのってよー。だけどこれで、お前の祖父母も安心しただろ」
そう言ってニヤリと笑う咲本に、僕は言葉を呑み込んだ。
「俺の社交力、なかなか凄かっただろ? 普段はすげー、口うるせージジババだけどよ……こういう時に役に立つんだな」
「……ありがとう」
色々と思うところはあったけれど、咲本なりに一生懸命だったのだと分かると、感謝しか口に出来なかった。
「気にすんなって。俺も認めて貰えればそれで良いからな。祖父母をちゃんと大事にしろよ」
僕は頷く。言われなくても大切にするつもりだ。
「ところでよぉ、叔父から連絡があったんだ」
「叔父さんから?」
今度は何事だと僕の中で不安が過る。
「冬休みに、二人で遊びに来いってさ」
「えっ?」
「いやさぁ……本当は断りたいところなんだけど、なんか雪男がどうのこうの言ってて――」
咲本が気まずそうに苦笑する。
あれだけ啖呵を切っていたのに、早々に僕を生け贄にする気なのだろう。まだ、悪いと思っているのがほんの少し伝わるだけマシだけど。
「雪男? そんなの日本にいるの?」
「なんか叔父さんいわく、あの山で見たらしいんだよ。大男が雪山を駆け上がっていく姿をな。まぁー見間違えかもしんねーけど」
どう考えても見間違えに違いない。だけどあの山はカッパだの、狐の嫁入りだの、怪異が詰まっている。本当か嘘か別にしても、類は友を呼ぶ原理で、集まってくる可能性はなくはないかもしれない。
そんな風に考えてしまい、思考が咲本よりになったと僕は慌てて考えを改める。
叔父さんがただ、生み出している幻想に違いない。そんなこと、あり得ないと……
「だけどよーこの目で確認してねぇんだから、叔父さんを嘘つき呼ばわりは出来ねーだろ。現に、影女もとい怨霊はいたわけでさぁ。カッパや狐の嫁入りがあるぐれーだから、雪男がいたっておかしくねぇーしな」
最初に浮かんだ僕の考えを咲本が口にする。やっぱり僕は咲本に毒されつつあるようだった。
「で? 咲本も気になるの?」
結局はそこに行き着く。僕が水を向けると、やっぱりというべきか、「まぁーな」と咲本が言う。
「でも、祐智が乗り気じゃ無いならなぁ……」
「しょうがないなぁ。良いよ」
「本当か!」
そんなに驚かなくてもと、僕はおかしかった。
「今日も付き合って貰ったし」
夏のあの出来事を忘れたわけじゃないし、確かに不安もある。だけど、咲本ばかりに恩を着せるのは嫌だった。
「なんかあったら、必ず守るからな」
咲本が勢いよく僕の肩を抱く。
前につんのめりそうになり、思わず咲本を睨んだ。
「危ないなーもう」
「わりぃわりぃ、つい嬉しすぎてな」
いつまでも僕の肩に腕を乗せている咲本に、「重いんだけど」と腕を払おうとする。
「良いじゃん。寒いんだしさ」
「周りから変な奴らだって、思われるよ」
駅に近づくにつれて、人も増えてくる。あんまり目立つようなことはしたくなかった。
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