咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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残傷の冬

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 だけどその心配は無用なようで、質問は基本的に咲本個人のことだった。

「祐智とは、高校で知り合ったのかい?」

 油断していた僕は、思わず咲本を見た。
 あの時のことを祖父は知らない。言えるはずがなかった。
 僕は口も挟めず、固唾を飲んで見守る。

「祐智くんとは、中三の冬に会いましたよ」

 きっと、僕の顔は引き攣っていただろう。ここにきて、咲本を連れてきてはいけなかったかもしれないと思った。

「中学で? 同じ学校かな?」

 祖父の眉間に少し皺が生まれる。中学時代に友達がいなかったはずだと、祖父が危ぶんでいるのかもしれない。

「違いますよ。別の中学ですが、ビロード葵で出会いまして――」

 想像もつかない返しに、僕は驚いて咲本を凝視する。

「最後のマシュマロのセットに手を伸ばそうとしましたら、彼と手が触れ合ってしまいまして……それが二人の出会いなんです」

 祖父だけでなく、僕も呆気に取られる。
 どんだけチープな少女漫画の展開だよと、僕はツッコミたくなった。だけど本当のことを言うわけにもいかず、僕は臍を噛む。

「そ、そうなのか……」

 祖父が困惑しているのが、手に取るようにわかる。

「えぇ。ですから、今日そのマシュマロのセットをお持ちしました。美味しいので是非、ご賞味ください」
「ああ……ありがとう」

 それから祖父はちょっと失礼と言って、席を立つ。
 襖を開閉してしばらくしてから、僕は咲本を小突いた。

「あんな理由言って、誤解招くじゃん」

 僕は小声ながらも、怒りをぶつける。

「だってよー本当のこと言わない方がいいだろ」

 咲本も声を潜めつつも、少しムッとしていた。

「それはそうだけど……」
「他に思いつかなかったんだよ! 予習してねぇーからな」

 そこで祖父が戻ってきたことで、僕達は瞬時に黙る。
 目の前に座った祖父の手には澄子さんがいて、僕は「あっ!」と声を上げる。

「澄子さんじゃないですか。お久しぶりです」

 咲本が嬉しそうな声を上げる。僕以上に澄子さんとの再会を喜んでいる風に見えて、なんだか妬けてしまう。

「元気そうですね。祐智が何も教えてくれないんで、心配だったんですよ」

 澄子さんに話しかける咲本に、祖父が目を丸くする。それから僕に向かって頬を緩めた。
 僕はそれに対して、ぎこちなくも頷き返す。
 祖父が安心してくれたならそれでいい。

「君だったんだな。澄子も一緒に、旅行に連れて行ってくれたのは」

 そういえば咲本であることは、祖父には伝えていなかった。

「そうです。僕の叔父が田舎に住んでおりまして。そこでしたら、祐智くんも気兼ねなく澄子さんと過ごせるのではないかと」

 嘘だ、と僕は思ったけれど口にはしない。
 祖父が感激して、少し目が潤んでいるのが分かったからだ。

「そうか……そこまで祐智のことを……」

 祖父までもが、祖母同様に咲本に騙されているようだった。

「祐智くんから、色々と話は伺ってます。だからこそ、僕は彼を幸せにしてあげたいんです。澄子さんを含めて」

 何だか婚約者みたいなセリフに、僕は今すぐにでも逃げ出したくなる。

「そうかそうか。君なら祐智を任せられる。よろしく頼む」

 そう言って、祖父が頭を下げる。
 僕はやめてくれと心の中で叫ぶ。
 隣で「任せてください」という咲本に、僕は祖父が変な誤解をしていないことを祈るしかなかった。
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