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残傷の冬
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しおりを挟むだけど正直、僕は嬉しかった。家に誘われることなんて、もう何年も前の話だったからだ。
「ほら、いいから立てよ」
そう言って、僕に手を差し出す咲本。
さっきまで死のうとしていた自分が、今はこうして生きて人に振り回されている。
その事を複雑に思うも、嫌ではなかった。
僕は今度こそなんの迷いもなく、その手を取ったのだった。
あれから二年。
僕の隣で呟く若いスーツの男のせいか、あの時の事を思い出していた。
「辛いだろ? 苦しいだろ? 大丈夫だ。俺たちがいる」
僕が無視しても、男は隣で囁き続ける。
どうすれば良いのかと、僕は悩んでいた。
あの時の僕とは違って、そちらに行きたいとは思っていない。
だけどその事を伝えてしまえば、僕が存在に気付いていることがバレてしまう。
なかなか開かない遮断機を前に、僕はもどかしさを感じていた。
「なぁ、気づいてるんだろ? 二年前も君はここに来てたしな」
僕は思わずそちらを見てしまう。その瞬間、男がニヤリと笑った。青白い顔に刻まれた不気味な笑みに、僕は血の気が引いていた。
「ここにまた来たってことは、辛いんだろ? だったら一緒に行こう。大丈夫。今度こそ、俺たちの仲間だ」
僕が首を横に振ろうとしても、体が動かなくなっていた。それなのに男が僕の腕を引くと、自然と足が一歩一歩進んでしまう。
やめて、と叫びたくても、僕の口はパクパク動くだけで声が全く出ていないようだった。
遮断機からは、カンカンカンカンという警告音が鳴っている。遠目でも電車がこちらに近づく姿が見えた。
僕は必死で逃げ出すために、もがこうとする。でもやっぱり無理で、まるで引き寄せられるように、線路に足を踏み入れてしまう。
僕はその時初めて、死にたくないと思った。
二年前とは違って、僕は少しずつ前に進むことができているのだから。
ふと、咲本の顔が浮かぶ。あれだけうざったいし、面倒くさいし、変な奴だと思っていたのに、いざ会えなくなると思うと、何故か泣きたい気持ちになった。
僕は心の中で、助けてと必死に叫ぶ。
一蓮托生じゃなかったのか、僕を助けてくれるんじゃなかったのか。
気づけば咲本に、助けを求めていた。
遠くで甲高い警告音が鳴り響く。
すでに線路の中心にいる僕は、もうダメだと固く目を閉じた。
その瞬間――凄い勢いで後ろへと引っ張られ、僕は危うく後ろに倒れそうになる。
そうはならなかったのは、誰かが僕を羽交い締めにしていたからだ。
ずるずる引き摺られ、気がつけば目の前を凄い勢いで電車が過ぎ去っていく。
「やっぱり一人じゃ、ダメじゃねーか!」
咲本が怒鳴る声が、すぐ後ろから聞こえる。
足がガタガタ震え、僕は座り込みそうになった。
咲本が支えてくれなかったら、僕は腰を抜かしていただろう。
「嫌な予感がしてたんだ。いくらお前にその気がなくても、めぇーつけられたら引き摺り込まれんじゃねーのかってな」
「……ごめん」
僕は震える声で謝った。
「いや……了承した俺も悪かった」
後ろから抱きしめてくる咲本に、いつもの僕だったら暴れていただろう。
だけどその腕が震えていたこともあって、僕は大人しくしていた。
それに僕の足も震えていて、支えがなければ立っていられそうもなかった。
「ありがとう……助けてくれて」
以前は言えなかったお礼を、僕はこの時初めて口にした。
生きてて良かった。
僕は咲本に見えないことをいいことに、密かに涙を流したのだった。
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