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残傷の冬
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しおりを挟む「さぁ、行こうか」
男が一歩一歩、ゆっくりと進みだす。
立ち塞がるようにあったはずの遮断棒がなく、僕はそのまま男と一緒に線路へと足を踏み入れる。
これでもう、僕は誰からも批判されなくて済むはずだ。
向かう先には、僕を認めてくれる仲間が待っているのだから。
左を向くと遠目に、電車が近づくのがわかった。
「もうすぐだよ」
男の囁きが聞こえる。僕は頷く。
「おい!」
突然、大きな声と共に、僕は羽交い締めにされた。次の瞬間、強い力で後ろに引っ張られる。
気がつけば引きずられるようにして、僕の体は線路の外へと出されていた。
目の前を電車が通過していく。僕の失敗を叱るように、大きな警告音を鳴らしていた。
「いつまでいんだよ! あぶねーだろ」
僕とそんなに歳が変わらないぐらいの少年が、僕を見下ろしていた。
僕は尻餅をついたまま、その少年を見上げる。
下からの角度でも、彼は整った容姿をしているのが分かった。こうして迫り来る電車を前に、人助けができる勇気だってあるのだから、普段から親切で勇敢に違いない。
きっと彼は学校で人気者のはずだ。僕とは正反対で。
そんな人に僕の気持ちなんか、分かるはずがない。
「死のうと思ってたのに……」
僕は助けられたことに対し、感謝するどころか恨めしげに彼を睨んだ。
「やめとけ、良いことないから」
その少年は、呆れたように息を吐く。
「良いことって……生きている方がろくなことないから」
「はぁ? お前何言ってんだ?」
予想外の反応に、僕はビクッと肩を揺らす。
「まだ俺より生きてねーだろ。てか人生百年時代って言われてる中で、お前は十三年ぐらいしか生きてねぇーじゃん。残りの八十七年間もあんのに、もう人生悟ってますって、馬鹿としか思えねーよ」
「……十五歳なんだけど」
予想外の反論に僕は戸惑いつつも、訂正する。
「嘘だろ? 中三?」
目を見開いて、僕を頭のてっぺんから爪先まで視線を這わす。
「マジか……悪りぃ。でも、俺と同い年ってことは、それこそ人生終わらすのはもったいねーよ」
それから少年が、僕に手を差し出す。
「俺が人生の楽しみ方を教えてやる」
唖然としながら僕は、差し出された彼の手を見つめる。
僕が従わないとみると、彼が自ら僕の手首を掴んで引っ張った。
立ち上がると同時に、高らかになっていた警告音が止まる。それから遮断棒がゆっくりと上がっていく。
「これやるよ」
そう言って渡してきたのは、ビロード葵のマシュマロの袋だった。
僕が受け取ると「だから、何があったのか教えろよ」と言われる。
本当は言いたくなかった。だけど受け取った以上は、いまさら突き返すことも出来ない。
それにもう二度と会うことはないだろうし、助けて貰ったのに反抗した負い目もあった。
咲本翔琉と名乗った彼と並んで歩きながら、僕はポツポツと自分のことを話した。
人形に恋をしたことで、周囲の誰もが理解してくれず、それどころか学校でイジメられていること。唯一の生きる希望であった、その彼女まで失ってしまい、僕は生きていくのが嫌になったことまで――
今まで言えなかったせいか、言葉は後から後から溢れてくる。涙まで出てきてしまい、僕は鼻を啜りながら語り続けた。
全部話し終えた頃には、あまり見慣れない公園に着いていた。
「あのさ……話してもらって悪りぃんだけど、俺が聞きたかったのは、お前がなんで線路に佇んでたかってことなんだよ」
僕は唖然として涙が引っ込む。その理由を今話したはずだった。
「だから、それは……」
「誰かと話してただろ。線路に入る前から」
僕はそこから見てたことに驚き、だったらなんでその段階で止めなかったのだと更に驚かされた。
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