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残傷の冬
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しおりを挟むあの時の僕は別の意味で、そういった者を呼び寄せていたのだろう。だから妙に納得できていたのかもしれない。それに、その男が生きていようと死んでいようと、考える余裕があの時の僕にはなかった。
『死にたいんだろ? 大丈夫。一緒に行こう』
頭の中に直接男の声が聞こえてくる。
カンカンカンカンと、鳴り響く警告音に混じったその声は、やっぱり聞き覚えがあった。
二年前の冬を僕は思い出し、体はそこから動けなくなっていた。
中三の冬。
僕は一人、遮断機の前にいた。
今にも雪が降り出しそうな曇天の空。
二度目の電車が通り過ぎた今、周囲は静まり返っていた。
ひんやりした風が、無防備な頬や首筋を撫でていく。
もう言い訳しなくても良い。
僕はそう思いながら、そこにない真新しいマフラーに思いを馳せる。
僕の持ち物は基本、隠されるかトイレに突っ込まれるかのどちらかだった。
今回はトイレ。しっかり隠しておけば良かったのだけど、僕を監視していたクラスメイトが下駄箱のとこで鞄に入れていたのを見ていたのかもしれない。
もしかすると、目ぼしいものを探すために、わざわざ僕の鞄を漁った可能性もある。
小学校四年生から始まったいじめは、中学三年の今に至るまで続いていた。
理由は至極単純。僕が人形を好きだからだ。
幼稚園の時におじいちゃんの家にあった清美さんを見て一目惚れし、そのまま何もおかしいと思わずに成長していた。
僕が周囲とは違うと気付いたのは小四の時。
女子だけでなく、男子までもが誰それが可愛いだの付き合いたいだの、言い出した時期だった。
好きな人はいる? 可愛いと思う子は?
その問いに、僕は迷うことなく清美さんをあげていた。
会ってみたい。
友達はみんなそう言った。
だけど僕が実際に嬉々として紹介すると、みんな口を揃えて言った。
――それ、人形じゃん。馬鹿にしてんの。
僕は本気だった。だからこそショックだった。
それでもその時に、ショックを受けたまま、大人しくしていればよかったのだろう。
だけど僕は、ムキになってしまったのだ。
クラスの女子より可愛いと、言い返してしまったのだ。
だけど本当にそう思っていたし、馬鹿にしてきた男子の見る目のなさに、怒りを覚えていた。加えて清美さんの目の前で馬鹿にされたという恥ずかしさもあって、僕は我慢できなかったのだ。
それから僕は、学校で人形に恋する頭のおかしい奴というレッテルを貼られ、イジメられるようになった。
無視や、からかわれるのはまだ良い。
だけど、学年が上がるに従って、イジメはどんどん陰湿な物になっていく。
まるで年齢と共に、イジメのスキルも上がっていくかのように。
最初のうちは、ハッキリとやめて欲しいと口にしていた。物を隠されれば問い詰めたし、壊されれば先生にもチクった。
親にも言った。物をたくさん無くしたり壊したりしていれば、隠し通すことは難しかったからだ。
だけど親は、人形が好きだなんて言いふらすからいけないのだと、逆に僕を怒った。
訂正すればいい。あれはおふざけだったのだと――
母は僕にそう言った。
誰も味方がいないのだと、僕はその時に悟った。
ただ、みんなと同じように、その子の好きな所を話したかっただけなのに、何がおかしいのか。どうして人形じゃ駄目なのか。
当時の僕には、それが分からなかった。ただただ、理解してくれる人が身近にいなくて、悲しくて堪らなかった。
それ以上にショックだったのは、母が心配して、僕を精神科に連れて行ったことだった。
――一過性のものでしょう。成長すれば改善されるかと思います。
医者はそういったけど、見事に誤診だった。
僕はいつまでたっても、人に恋することなくその人形に恋心を抱いていた。
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