咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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残傷の冬

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 十一月下旬となれば風は冷たく、日も弱かった。
 咲本も寒さには勝てないようで、ブレザーの中にパーカーを着ている。
 寒いから教室で食べればいいと言っても、咲本は首を縦には振らなかった。

「僕は咲本の物じゃないよ」

 梅のおにぎりを食べながら僕は返す。冷たいおにぎりは、何だか固く感じられた。

「何言ってんだよ。他の誰よりも一緒にいるだろ」
「たった二年じゃん」

 そこで咲本が、あっと声を上げる。

「そういえば、これぐらいの時期だったよな。俺たちが出会ったのって」
「なんか言い方が、恋人っぽくてやだ」

 僕が口を尖らせるも、咲本はどこか物思いに耽っているように眉間に皺を寄せている。
 黙り込む咲本に、僕も二年前を思い出してしまい、なんだか切ない気持ちにさせられた。

「あの時、出会ってて良かったと思ってる。じゃなきゃお前は今、俺の隣にいないもんな」

 僕は暖かいお茶のボトルを握り締める。冷たい手には熱いぐらいだった。

「僕も……そう思う」

 そこで僕は、近いうちにビロード葵に行こうとしていることを告げる。

「大丈夫なのか? 俺も行こうか?」

 不安げな咲本に、僕は「一人で行ってみる」と断った。

「あの場所を通らなきゃなんねーんだぞ。また引き込まれそうになったら――」
「大丈夫だよ。もうあの頃の僕じゃないから」

 それにいつまでも逃げていたら、咲本にばかり買わせにいくことになる。報酬であるとはいっても、後ろめたい時だってある。

「それに今回は祖父母に渡す分だから。自分で買いに行かないと」

 僕の意志が揺るがないと知ってか、咲本の顔は浮かない。

「じゃあー、こうしよう。ビロード葵で待ち合わせだ」
「そんな過保護にならなくても」
「馬鹿だな。心配になるに決まってんだろ」

 そこまで言われてしまえば、僕も首を横には振れない。それに内心では不安もあった。

「いつ行くんだ? そういえば来週末ぐらいに新作出るらしいぞ」
「よく知ってるね」
「そりゃあー、二年目だからな」

 驚く僕に、咲本がそう言ってニヤリと笑った。



 それから翌週の土曜日。
 僕たちは予定通りに、ビロード葵で待ち合わせする約束をしていた。
 僕は緊張したまま家を出て、徒歩でビロード葵に向かう。
 その足で電車に乗り、祖父母の家に行くためだ。
 ビロード葵のマシュマロは鮮度が命。出来立てが一番美味しいのだ。せっかくならばその感動もしっかり堪能してもらいたいと、孫心に思っていた。
 加えて土日は駅の駐輪場料金が高いうえに、満車になる事が多いという理由もある。
 家からビロード葵まで徒歩二十分。対して苦にはならない距離だけれど、一つだけ難関があった。
 それがビロード葵のすぐ近くにある遮断機だ。
 そこを超えた先にビロード葵があり、そこを通らなければ辿り着けなかった。
 その場所こそが、僕の人生を大きく変えた場所でもある。
 遮断機がある場所に近づくに連れて、僕の心臓は大きく鼓動を打ち出す。
 甲高い警告音が聞こえ始め、タイミングの悪さに僕は歯噛みする。
 立ち止まった瞬間――ぞわりと背筋に悪寒が走る。
 すぐ隣に人の気配を感じ、僕は一瞬だけ横目で見た。
 こちらを見ているスーツの若い男の姿に、悲鳴をあげそうになるのをグッと堪える。気付かれたらまずいと本能的に感じたからだ。
 それに二年経った今でも、彼のことは覚えている。
 生気のない表情と虚な目。痩せ細った体つきで、肩から力が抜けているかのように、両腕がだらんと垂れている。
 二年前よりもハッキリとした男の姿に、霊感はないと思いたかった僕の自信すら奪ってしまう。
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