59 / 72
残傷の冬
1
しおりを挟む「ビロード葵のマシュマロって、そんなに美味しいの?」
穏やかな昼下がり。僕の目の前で祖母がお茶を啜りながら、唐突に僕に聞いた。
「すっごく美味しいよ。甘すぎないからくどくないし、柔らかくて口の中で解ける感じが堪らない」
思い出すだけで、僕の頬は蕩けそうになる。
気がつけば、普段の僕には似合わないほどに熱弁を振るっていた。
そういえば、そろそろ冬季限定の蜜柑味が出るはずだ。普段は迷惑千万だけど、こういう限定物が出る時は咲本の存在をありがたく感じる。
「そうなの。食べてみたいけど、遠いしなかなかねぇー」
祖母はそう言ってから、ニュースの特集で組まれていたのだと教えてくれた。
「だったら、僕が買ってきてあげるよ」
普段お世話になっている人に、恩返しだと思えば安い物だ。
「本当? ありがとうね。ゆうちゃんは優しいわね」
祖母が嬉しそうに微笑む。
僕も気持ちが暖かくなり、笑みを返した。
「ほら、祐智。受け取っておいたぞ」
そこに祖父が現れ、僕は今日の目的でもあった高峰の人形を受け取る。
「しかし、酷い奴もいるもんだな。人形さんの腕を引きちぎるだなんて」
祖父が憤りを滲ませる。
もっともだと僕も苦笑し、元通りになった人形を受け取る。
「ありがとう」
心なしか人形も、安堵した顔をしていた。
結局、文化祭で人形は使われることはなく、自分たちが幽霊や化け物の姿にコスプレして演じるだけとなっていた。
僕はそういったことが好きじゃないから、受付係になったのは言うまでもない。
「なんなら引き取ってもいいんだぞ。これは年代物で、かなり価値があるからな」
「僕もその方がいいと思うんだけど……反省する意味でも、本人が持ってた方がいい気もするんだ。まぁー本人が断るようなら、また預かってくるよ」
僕がそう返すと、祖父の表情が穏やかになる。
「祐智、成長したな」
「えっ?」
「以前のお前は、人と関わることを避けていただろ。だけど今は、積極的に人と関わろうとしてる。おじいちゃんは、それが嬉しいよ」
祖父は黙って見守ってくれながらも、心の中では心配をかけていたのだ。それが分かると申し訳なくなった。
「うん……少しずつだけどね」
まだ、完璧にクラスになじめているわけじゃなかった。自分から話しかけるのも躊躇することもあれば、気軽に発言したりは出来ていない。
「良いんだ、ゆっくりで。嫌になったら、ここに逃げてくれば良い」
何よりも心強い言葉に、僕は少しだけ目頭が熱くなった。
時々、息が詰まりそうになって、何もかも逃げ出したくなった時、唯一の避難場所としてここに来ていた。今もそれは変わらないけれど、以前に比べたら減ったように思える。
多分それは、咲本からの呼び出しが多いせいもあった。
「ここはもう一つの祐智の実家だからな。何も遠慮はいらない。いつでも来なさい」
「ありがとう」
今はお礼しか言えないことがもどかしかった。
僕もいつか、祖父母みたいに何もかもを受け止められる人間になれるだろうか。
そんな風に思いながら、預かった人形を僕は見つめていた。
文化祭の一件以来、僕を見る周囲の目が大きく変わっていた。
今までは咲本くだりの話でしか絡んでこなかったクラスメイトが、僕個人のことで話しかけてくるようになったのだ。
きっと、普段は大人しい僕が、始めて咲本の為に身を挺したのが原因だろう。
人形を盗んだと言ったことで、余計に疎外されたり、イジメに繋がるんじゃないかと思っていただけに、予想外の展開だった。
僕は二年生の終わりわずかのところで、やっと高校生らしい学校生活を得られたのかもしれない。
「他の奴と仲良くすんのは良いけどよ。祐智は俺のだからな」
昼休みの屋上で、咲本は不貞腐れたように言う。
制服だけだと、ここはとてつもなく寒い。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「64」まで済。

禁忌index コトリバコの記録
藍沢 理
ホラー
都市伝説検証サイト『エニグマ・リサーチ』管理人・佐藤慎一が失踪した。彼の友人・高橋健太は、佐藤が残した暗号化ファイル「kotodama.zip」を発見する。
ファイルには、AI怪談生成ブログ「コトリバコ」、自己啓発オンラインサロン「言霊の会」、そして福岡県██村に伝わる「神鳴り様」伝承に関する、膨大な情報が収められていた。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる