咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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残傷の冬

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「ビロード葵のマシュマロって、そんなに美味しいの?」

 穏やかな昼下がり。僕の目の前で祖母がお茶を啜りながら、唐突に僕に聞いた。

「すっごく美味しいよ。甘すぎないからくどくないし、柔らかくて口の中で解ける感じが堪らない」

 思い出すだけで、僕の頬は蕩けそうになる。
 気がつけば、普段の僕には似合わないほどに熱弁を振るっていた。
 そういえば、そろそろ冬季限定の蜜柑味が出るはずだ。普段は迷惑千万だけど、こういう限定物が出る時は咲本の存在をありがたく感じる。

「そうなの。食べてみたいけど、遠いしなかなかねぇー」

 祖母はそう言ってから、ニュースの特集で組まれていたのだと教えてくれた。

「だったら、僕が買ってきてあげるよ」

 普段お世話になっている人に、恩返しだと思えば安い物だ。

「本当? ありがとうね。ゆうちゃんは優しいわね」

 祖母が嬉しそうに微笑む。
 僕も気持ちが暖かくなり、笑みを返した。

「ほら、祐智。受け取っておいたぞ」

 そこに祖父が現れ、僕は今日の目的でもあった高峰の人形を受け取る。

「しかし、酷い奴もいるもんだな。人形さんの腕を引きちぎるだなんて」

 祖父が憤りを滲ませる。
 もっともだと僕も苦笑し、元通りになった人形を受け取る。

「ありがとう」

 心なしか人形も、安堵した顔をしていた。
 結局、文化祭で人形は使われることはなく、自分たちが幽霊や化け物の姿にコスプレして演じるだけとなっていた。
 僕はそういったことが好きじゃないから、受付係になったのは言うまでもない。

「なんなら引き取ってもいいんだぞ。これは年代物で、かなり価値があるからな」
「僕もその方がいいと思うんだけど……反省する意味でも、本人が持ってた方がいい気もするんだ。まぁー本人が断るようなら、また預かってくるよ」

 僕がそう返すと、祖父の表情が穏やかになる。

「祐智、成長したな」
「えっ?」
「以前のお前は、人と関わることを避けていただろ。だけど今は、積極的に人と関わろうとしてる。おじいちゃんは、それが嬉しいよ」

 祖父は黙って見守ってくれながらも、心の中では心配をかけていたのだ。それが分かると申し訳なくなった。

「うん……少しずつだけどね」

 まだ、完璧にクラスになじめているわけじゃなかった。自分から話しかけるのも躊躇することもあれば、気軽に発言したりは出来ていない。

「良いんだ、ゆっくりで。嫌になったら、ここに逃げてくれば良い」

 何よりも心強い言葉に、僕は少しだけ目頭が熱くなった。
 時々、息が詰まりそうになって、何もかも逃げ出したくなった時、唯一の避難場所としてここに来ていた。今もそれは変わらないけれど、以前に比べたら減ったように思える。
 多分それは、咲本からの呼び出しが多いせいもあった。

「ここはもう一つの祐智の実家だからな。何も遠慮はいらない。いつでも来なさい」
「ありがとう」

 今はお礼しか言えないことがもどかしかった。
 僕もいつか、祖父母みたいに何もかもを受け止められる人間になれるだろうか。
 そんな風に思いながら、預かった人形を僕は見つめていた。



 文化祭の一件以来、僕を見る周囲の目が大きく変わっていた。
 今までは咲本くだりの話でしか絡んでこなかったクラスメイトが、僕個人のことで話しかけてくるようになったのだ。
 きっと、普段は大人しい僕が、始めて咲本の為に身を挺したのが原因だろう。
 人形を盗んだと言ったことで、余計に疎外されたり、イジメに繋がるんじゃないかと思っていただけに、予想外の展開だった。
 僕は二年生の終わりわずかのところで、やっと高校生らしい学校生活を得られたのかもしれない。

「他の奴と仲良くすんのは良いけどよ。祐智は俺のだからな」

 昼休みの屋上で、咲本は不貞腐れたように言う。
 制服だけだと、ここはとてつもなく寒い。
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