咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

文字の大きさ
上 下
41 / 72
誘いの夏

23

しおりを挟む
 行ってはいけない。
 僕は嫌な予感がしていた。止めようとして何度も呼びかけたけれど、フラついた足取りで立ち上がってしまう。そのまま、一歩一歩ゆっくりと障子に近づいた。
 片手をかけて障子を開く。
 誰もいないのに足は止まることはなく、裸足のまま庭に下りる。
 月明かりによって、キラキラ光る池や整えられた松が存在感を放つ。
 当時はちゃんと庭師を入れていたに違いない。僕が期待していた景色がそこにはあった。
そのまま庭を一望するように視線が動く。最後に、この景色を見ておこうと思っているのだろう。
 それから庭の裏手に足が向けられた。
 そこで僕は気づく。前に伸びている自分の影の隣に、女のものらしき影が並んでいたのだ。
 姿は見えなくても、隣にいるのは確かだった。
 明らかに生きてる人間じゃないのは明白だ。それなのにこの人物は全くそれを介した様子もなく、歩みを止めることはしない。

「友人には申し訳ないけれど、彼には僕の寂しさまでは癒すことは出来なかった。仕方ない事だ。彼にも生活があるのだから。だから君が来て欲しい……一緒にいてと言ってくれて、凄く嬉しかった」

 女の影がさっきよりも、こちらに近づく。寄り添うような形になり、男が嬉しそうに笑う気配がした。
 庭の裏手は僕たちが、焼きマシュマロをした場所だった。
 今よりも砂利が綺麗に整えられていて、その奥には井戸もある。石の蓋がされたその井戸の前に立つと、何故かその蓋を動かし始める。
 下を覗き込むと真っ暗な闇で、底が全く見えない。
 まさかと思って、僕は必死でダメだと叫ぶ。だけど隣にいた影が、徐々に体を覆ってきていた。

「これでずっと一緒だ」

 その呟きを最後に視点が逆さまになる。
 そのまま躊躇う事なく、井戸に頭から落ちていった。



 咲本の声がする。
 それを少しうるさいなと思いながら、僕は重たい瞼を開けた。
 すぐ間近にあった咲本の険しい顔に、起き抜けに咲本だなんてと、僕はぼんやりとした頭でもそう思っていた。

「祐智!」

 咲本がまた叫ぶ。うるさいなぁと思いながら体を起こすと、咲本が僕を抱きしめた。

「やめて、離してよ」

 僕が抗議するも「良かった。間に合って」と言って、離してくれない。

「暑いよ、なんなの?」

 何が何だかわからず、僕は咲本の肩を押す。
 やっと離れた咲本は、今にも泣きそうな顔をしていた。
 感動的な映画やドラマを見ても、作り物だと冷たく言い、ならばノンフィクションはと思っていても「いや、赤の他人だから」と涙を見せることもない。
 僕は咲本が泣くところを見たことがなかった。
 自分の両親の話をした時も「しょうがねーよ」と言って、あっけらかんとした口調だった。
 だからこそ、咲本が見せている今の表情。その重みが僕の口を塞いでいた。

「覚えてないのか?」

 咲本が目元を拭う。赤くなった目に、僕の胸が締め付けられる。
 僕が頷くと、咲本が澄子さんを僕の膝に乗せた。

「彼女が助けてくれたんだ」
「えっ?」
「俺の夢に出てきたんだ。祐智が危ないって」

 僕は驚いて、澄子さんを見る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「64」まで済。

ラヴィ

山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。 現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。 そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。 捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。 「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」 マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。 そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。 だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

焔鬼

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

処理中です...