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誘いの夏
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しおりを挟む「夏の思い出といったら、花火がないとな」
さっきのやりとりを気にした様子もなく、咲本は楽しそうにはしゃいでいる。
根に持たないところが、咲本の良いところだった。だから僕も、ぶり返すことはしないでおく。
蚊取り線香と虫除けスプレーで対策しつつ、僕たちは庭に出る。
すっかり日が落ちていて、部屋から漏れる光だけがぼんやりと、庭を浮かび上がらせていた。
澄子さんを縁側に座らせ、僕たちは縁側の近くで花火をすることにした。
雑草がない場所に蝋燭を立て、水が入ったバケツを傍に置く。
「花火なんて、何年ぶりだろう」
家の前や公園でやると近所迷惑になるし、かといって海が近場にあるわけでもなかった。
「去年は一緒に旅行しようって言っても、来てくんなかったもんな」
咲本が蝋燭に火を灯す。
去年はまだ、咲本に対しても僕は抵抗感があった。今以上に関わらないように、逃げ回っていたように思う。
だから咲本から旅行に行こうと誘われた時、行くはずがないとすら思っていた。
それが気づけば、こうして旅行に来たり、咲本に振り回されて色んなことをしている。そんな自分の変わりように、今更ながら驚きだった。
「祐智、どれにするんだ」
縁側に並べられた花火を前に、咲本が僕の背を押す。
「そういえば……友達と花火するの初めてかも」
小中と友達どころかいじめられていた僕は、祖父母か両親ぐらいとしか遊びらしい遊びをした覚えがなかった。
それからふいに、本音を漏らしたことに羞恥心が込み上げる。無駄に同情を誘うようなことは、あまり口にしたくはなかった。
「まじで? 俺が初めての相手ってことか」
咲本がなぜか嬉しそうな顔をする。
そういう反応を見るたびに、僕はなんとも言えない気持ちになる。
気持ち悪い、気味悪い、普通じゃない。
僕を否定し、馬鹿にする言葉は多く聞いてきた。だから咲本が大袈裟であっても、僕にプラスの感情を表現してくれることが気恥ずかしくもあった。
「咲本って、やっぱり変わってるね。僕も大概だけど」
僕は手持ち花火を一つ手に取る。
「別に変でもなんでも、自分が楽しけりゃ良いんじゃね? 周りがなんと言おうとさ。祐智はいつもそのことばっか、気にしてるよな」
僕はドキッとして、咲本を見る。
咲本は気にした様子もなく、まとめて花火を手に取っている。
「謙虚過ぎるんだよ。こういうのは沢山持っとくもんだ」
四本を扇状に持った咲本が、蝋燭にそれぞれの先端部分を近づける。
「俺が変でも、祐智は傍にいるだろ? 祐智にだって俺がいる。じーちゃん、ばーちゃんだって、祐智の味方なんだろ? だったら良いじゃん。数いりゃあ良いってわけじゃねーんだぞ。桶狭間の戦いを知らないのか?」
花火が点火し、先端から金色の光が放流する。次々とつけていく咲本の手からは、カラフルな滝が放流していた。
「早くしろよ。消えちゃうだろ」
僕は流れる滝の中に花火を近づける。先端からジリジリと侵食し、やがて勢いよく赤い光が放射線を描く。
「安心しろ、俺は明智じゃねー。裏切らないからな」
よく分からないたとえだったけれど、僕には咲本の気持ちが伝わっていた。
「ありがとう」
煙が目にしみる。
僕は呟きながら、袖で瞼を擦った。
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