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誘いの夏
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しおりを挟む「一人で管理とか、大変じゃないの? 広い家だし、掃除とか」
家の裏手側に井戸があり、そこの周りが砂利になっていた。ここなら火事の心配はないと、僕はこの場所にしようと決める。
「たまにハウスキーパーを入れてるらしいけど、基本的には寝に帰るだけだから、そんなに汚れないらしい。家から会社まで、車で三時間かかるからな」
「三時間!」
僕は驚き過ぎて、咲本の方を振り返る。
行き帰りだけで六時間じゃあ、時間がもったいない。
「どうして、そこまでして……」
呆気に取られる僕の手から、咲本が小枝の束を奪う。
「どうしてもなんも、影女に会いたいからに決まってんじゃん」
枝を組み替えながら、咲本が当然のように言った。
「さすがに俺も引いたな。大金はたいて、時間を削ってまで、影女に時間を当てようとは思わないし。叔父さんは童貞だな。あわよくばと思ってるのかもしんねぇー」
「咲本に引かれるって、よっぽどだね」
「おいおい。それはどういう意味だよ」
珍しく咲本が眉を顰める。
「そのまんまの意味だよ」
咲本家の血筋には、変人を生み出す呪いでもあるのかもしれない。
天才と変人は紙一重というし、咲本の場合は文武両道、容姿端麗という高いポテンシャルがあるから、変人が丁度いいのかもしれない。
「叔父さんよりマシだから」
咲本が枝を組み終え、その周辺に大きめの石を並べて行く。
「澄子さんとマシュマロ取ってこいよ。火をつけといてやるから」
僕は急いで母屋へと戻る。
やっと待ちに待った焼きマシュマロだ。弾む気持ちで縁側で靴を脱ぎ、部屋に上がり込む。
澄子さんはちゃんと、テーブルの前にいた。
「待たせてごめんね」と声をかけてから、僕はマシュマロを取りに台所へと向かう。
冷蔵庫からマシュマロを取り出し、長い鉄串を用意する。それを抱えて僕は居間へと引き返す。
そこで僕はふと、人の気配を感じた。
部屋の入り口にから部屋に入ろうとしたその一瞬、澄子さんの近くに座る人影を見た気がしたのだ。
だけど見間違えなのか、部屋に入ると誰もいない。
いたらいたで怖いけど。影女の話をした後で、もしかしたら変に意識してしまっているのかもしれない。
僕は澄子さんに「行こうか」と声をかけて抱き上げる。
障子と窓を閉めると、家の裏手へと回る。
咲本はすでに火を起こし終えているようで、枝先で突いていた。
額から大量の汗をかいていて、首からかけたタオルで何度も汗を拭っている。
都会と比べれば涼しいとはいえ、じっとしてても汗が滲むぐらいの気温はある。
日が暮れかけてはいても、暑いことには変わりない。
「ありがとう」
咲本が僕を見上げる。それから不思議そうな顔をする。
「何がだ?」
「暑いのに、僕のわがまま聞いてくれて」
「別に。約束してたじゃねーか」
そうかもしれないけど、実行してくれたのが嬉しかったのだ。
「そういうところは、咲本の良いところだよね」
「祐智が褒めるなんて、なんだか違和感があるな。そんなにマシュマロが食べたかったのか?」
照れてるわけでもなく、咲本が微妙な顔をする。
咲本は褒めるだけ無駄だなと思いながら、僕は咲本にマシュマロの袋と串を渡す。
「咲本が刺して」
僕は澄子さんを抱いていて、片手が塞がっていた。
咲本が袋からマシュマロを取り出し、串に刺して僕に渡してくる。
お礼を言ってから、僕は早速マシュマロを火に近づけてみる。
早い段階で溶け始め、僕は慌ててクルクル回す。まるでガラス職人みたいだった。
「サッとで良いんじゃないのか?」
どれぐらいやれば良いのか分からず、咲本の指摘にやっと、僕は火からあげた。
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