咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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誘いの夏

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「いなかった。見せてやりたかったんだけどな」
「そもそも、この場所にいるの?」

 だいぶん集まった小枝を紐で束ねながら、話しに乗る。

「うーん。昔見たことがあるんだけどな」
「見間違えじゃなくて?」
「本物に間違いない。ちゃんと頭に皿が乗ってたからな。まさに図鑑通りの姿だったんだぞ」

 僕が疑っているのが分かったのか、咲本がムッとした声で言う。

「分かったよ……もしかしたら、引っ越したのかもね。だから諦めて帰ろう」

 僕は束ねた枝を抱えて促す。
 咲本も仕方ないという顔で、僕の後に続いた。
 家についてから、お昼にしようということになり、僕は咲本の宣言通り素麺のレクチャーを受けた。
 お湯に入れる際に、ばらまくという事件があったけれど、それ以外は滞りなく素麺が完成した。
 それを食した後、少し日が沈むまでの間、咲本と談笑する。もっぱら、よく分からない咲本談義だったが、充分に時間は潰せたと思う。
 澄子さんの馴れ初めを聞かれた時は、少し照れながらも、僕はまんざらでもなかった。
 澄子さんがどれだけ可愛いかという魅力。初めて会ったときの衝撃と、心の救いになった話を語った。

「運命の相手じゃん。良かったな」

 咲本は羨ましそうな、それでいて祝福してくれる。

「俺も別の家の子に生まれてたら、また違ったのかもしれねぇな」
「でも、別家庭に生まれていたら、お姉さんと出会わなかったかもしれないよ」
「少なくとも、今の状況よりはマシだろ」

 難しい問題だなと、咲本の話を聞く度に、僕はいつも思っていた。

「でもまぁ、いまさらどう足掻いたところで、しょうがねぇけどな。俺の分まで幸せになってくれよ」
「そんな言い方するなよ」

 まるで咲本が何もかも諦めているように聞こえて、僕は怒りを覚える。

「将来的には、別の人を好きになるかもしれないじゃん。僕だって、初恋は清美さんだけど、今では澄子さんが好きなんだ。咲本だって、良い人に巡り会えるかもしれないよ」
「まぁ……そうだな」

 それから咲本が、唐突に僕の頭を撫でる。

「祐智がそんなに必死になってくれるなんて、やっぱり嬉しいな」

 僕はニヤニヤしている咲本の手をどかし、「やめてよ」と睨んだ。

「反応がウブで可愛いな。さすが童貞」

 励ました僕が馬鹿だったと、僕は咲本に挑みかかる。それをあっさり躱され、逆に頭をわしゃわしゃ掻き乱される。
 全てにおいて勝てない僕は、もちろん腕力でも勝てない。
 端から見ればじゃれているようにしか見えない構図に、さらに情けなくなる。
 僕は諦めて畳に転がった。暑いし、馬鹿らしいからだ。
 咲本が「何だよ、もう終わりか?」と挑発してくる。

「もう馬鹿には付き合いきれない。僕まで馬鹿になる」

 負け惜しみを口にすると、咲本が僕を覗き込む。女子だったら、気絶してるだろうなという近い距離感で咲本が言った。

「焼きマシュマロやらないか?」



 それから待ちに待った、焼きマシュマロの準備に取りかかる。
 ひとまず僕は、庭を探索した。
 雑草が生い茂る庭先には、中央に池があり、本来であれば鯉でも泳いでいそうなものだけど、今は雨水が溜まっていて汚れていた。
 その周辺には松が植えられていて、こちらも手入れがされていないのか、葉が伸びっぱなしになっている。
 せっかく風情ある庭なのに、これでは宝の持ち腐れだ。

「荒れ放題だろ。俺の爺ちゃんの代で、この家からみんな出ちゃったんだ。気味悪がってな」

 後から来た咲本が僕の顔を見るなり言う。
 きっと僕が、微妙な顔をしているせいだ。

「叔父さんが住んでるんじゃないの?」
「ここ数年の話だから。売る売らないの話が出るまで、叔父さんはこの家の存在を知らなかったからな」

 それなら、この荒れ放題の庭も納得がいく。
 庭師を入れるにしても、かなりお金がかかるはずだ。
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