咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

文字の大きさ
上 下
32 / 72
誘いの夏

14

しおりを挟む

「その人はすごく病弱で、後半はほぼ寝たきりだったらしい。だけど友人が頻繁に通っていて、夜な夜な女がそこに座るって話を聞いてたんだとよ」

 咲本が庭につながる障子を指さす。
 虫が入ってこないように、今は閉ざされていた。部屋が明るいせいか、障子に影は映っていない。

「もちろん友人ですら、最初は妄言かと思った。だけど、その友人が泊まった時に見たらしい。その女の影を」

 僕はゾッとした。友人も見たとなると、話が変わってくる。

「友人がたまたまトイレに立った時に、戻ってきたら曾祖父の兄が起きていて、障子を見ていたらしい。誰かいるのかと思って障子を開いたら誰もいない。その時、曽祖父の兄が言ったそうだ。ほら、本当にいただろって……」

 急に真実味を帯びた話に、僕はビビっていた。
 せめて昼に聞いてればと、思わずにはいられない。そんな僕に対して、咲本は気にせず続ける。

「見た以上は本当だったと、信じるしかない。相手が人間じゃあない以上は、やめた方がいいと友人は考えた。だけど本人は彼女に会いたい、好きだと言っている。それでも友人は諦めるように説得し続けた。しばらくして友人の元に手紙が届く。女が迎えに来たから行くと、別れの挨拶が書かれていたらしい」

 僕は固唾を飲んで聞き入る。怖いけれど、どうなったのか気になっていた。

「友人は急いでここに向かった。そこで家族が慌てふためく姿を見ることになる」
「間に合わなかったの?」

 咲本が頷く。

「布団はもぬけの殻だったらしい。そこら中探したけど、結局は見つからなかった。体力的に長距離は動けないはずなんだけど、どこにもいなかったそうだ」
「警察は?」
「もちろん届けただろ。貧弱とはいえ家長だからな。まぁーその後、見つからないまま、曽祖父が家督を継いだらしいけど」

 とりあえず概要は話したとばかりに咲本が、お茶の入ったペットボトルに口をつける。

「とにかく、最後の頼みの綱として祐智がここに呼ばれたってわけだ」
「そんな事言われても……」
「別に気負いする必要はない。そもそも俺は言うつもりはなかった。何もなければ、ただの楽しいお泊まり会で済んだからな。わざわざ怖がらせるような事を言う必要がないだろ」

 言いたい事は分かるけど、それは自分勝手すぎる。でも咲本はそもそも自分勝手だから、そこを指摘したところで通じない。

「だけど祐智の俺に対する想いを聞いて、気が変わったんだ。俺は祐智にだけは、嫌われたくないからな」
「嫌われたくないなら、僕を巻き込むのはやめてよ」

 言ってることとやってることが矛盾している。いつものことだけど。

「巻き込んでるんじゃない。祐智となら何とかなると思ってるだけだ」

 心外だとばかりに、咲本が憤りを滲ませる。 反論したいけれど、どうせ立て板に水だろう。
 僕は大きな溜息を吐いて、怒りを鎮める。それから時計を見た。
 もう夜の十時を過ぎていて、疲労もピークに達していた。
 恐怖がないわけじゃないけれど、この部屋には澄子さんも咲本もいる。そう思えばなんとかなるだろうという気になれた。
 喋ってスッキリしたのか咲本も大きく伸びをして、うつ伏せで布団に倒れ込んでいる。

「とりあえず、期待はしないでね」

 僕はそう念を押しておく。咲本は間の抜けた声で返事をして、だるそうに手をひらひらさせる。
 僕が電気を間接照明にすると、咲本はすでに寝ているようで規則正しい寝息が聞こえる。
 いくら夏とはいえ朝方は冷えると、死体みたいに倒れている咲本に、薄手の布団をかけてやる。
 それからやっと自分も布団に入り込む。体が重たく、一日目にしてぐったりだった。
 障子の方を向いて寝るのはさすがに怖く、僕はそちらに背を向けて澄子さんの方を向いた。
 ぼんやりとしたオレンジの光が、澄子さんの頬を染めている。瞳が天井を見つめる姿は、なかなか見ない光景で新鮮だった。
 その姿を僕は微睡みながら見つめ、やがて深い眠りに落ちていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)

ラヴィ

山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。 現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。 そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。 捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。 「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」 マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。 そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。 だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「64」まで済。

禁忌index コトリバコの記録

藍沢 理
ホラー
都市伝説検証サイト『エニグマ・リサーチ』管理人・佐藤慎一が失踪した。彼の友人・高橋健太は、佐藤が残した暗号化ファイル「kotodama.zip」を発見する。 ファイルには、AI怪談生成ブログ「コトリバコ」、自己啓発オンラインサロン「言霊の会」、そして福岡県██村に伝わる「神鳴り様」伝承に関する、膨大な情報が収められていた。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

処理中です...