咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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誘いの夏

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 だけど僕には気になる事があった。それは咲本が、僕にやらせたい仕事というやつだ。

「ねぇ、僕に何をさせる気だったの?」

 お風呂に行く準備をしている咲本に、僕は訊ねる。

「明日でいいだろ。今日はどうせ、爆睡だろうし」

 確かに僕もあまり頭が働いてない今、話を聞いたところで理解できるか分からなかった。

「とっとと風呂入ろーぜ」

 咲本が立ち上がる。
 僕を待つような空気感に「一緒には入らないからね」と断言する。

「なんだよ。そんな照れなくたっていいじゃん」

 少し拗ねた顔をしたものの、咲本は早々にお風呂に向かう。
 僕は大きな溜息を吐いて、着替えを用意する。
 一人になると外から聞こえる虫の声が、より一層大きく感じられた。
 怖いという感情よりも、祖父母の家に泊まっているような安心感がある。
 僕は用意を終えてから澄子さんを抱えると、薄闇に沈む縁側に出た。
 縁側に腰掛け、澄子さんを自分の膝の上に乗せる。
 生暖かい風が頬を撫で、蚊取り線香の匂いが肺を満たす。
 心が落ち着くような環境のはずなのに、澄子さんとこんな事をしてるという自分の大胆さに、心臓がバクバクしていた。

「澄子さん。咲本がうるさくてごめんね」

 僕は躊躇いながらも、小さい声で話しかける。ここだったら、誰もいないから気兼ねしなくてもいい。
 祖父母の家で、僕はあまり澄子さんに話しかけたり出来ずにいた。
 たとえ理解のある祖父母だとしても、さすがにそういう場面を目の当たりにすれば、ショックを受ける可能性があったからだ。

「変な奴だし、僕を余計なことに巻き込むし、色々と面倒くさいけど……だけど、根はいい奴なんだ」

 澄子さんから返事はない。それでも僕は続ける。

「僕たちのことをちゃんと理解してくれてるんだ。だから澄子さんも仲良くしてくれると嬉しい。僕の……たった一人の親友だから」

 ふと、僕の前に影が落ちる。
 慌てて振り返ると、頭にタオルを被った咲本が真後ろに立っていた。
 僕は驚きと、会話を聞かれたかもしれない恥ずかしさから動けなくなる。

「そこまで……俺のことを想っててくれたんだな」

 咲本は真顔で僕を見下ろしている。なんか違うと思ったけれど、パニックに陥っていた僕はただ見上げることしか出来ない。

「やっぱりお前だけにしておけない。俺も一緒に寝てやる」

 一体なんのことなのか、僕にはさっぱり分からない。
 一人で決意を固めている咲本を前に、僕はただただ呆気に取られていた。




 居間に布団を二脚敷き、その間に澄子さん用の座布団とブランケットを用意する。
 隣に澄子さんが寝る。その事実だけで、僕の目は逆に冴えてしまっていた。

「本当に、澄子さんと同じ布団じゃなくていいのか?」
「うん。寝相が悪くて潰したりしたら困るから。それに布団じゃ重たいだろうし」

 咲本の気遣いは有り難いけれど、隣にいるというだけで充分に幸せだった。

「別に俺に気を遣わなくたって良いんだぞ。そもそも俺は、別の部屋で寝るつもりだったからな」
「そうだったの?」
「せっかくの二人の時間を邪魔するわけにはいかないだろ」
「咲本も……気を使えるんだね」

 咲本は苦い顔をする。
 珍しい反応に、僕はまさか気に障ったかと戸惑う。

「まぁ……それだけじゃないんだけどな」
「えっ?」

 咲本が気まずそうに「怒るなよ」と、念を押してくる。

「俺がいると、来ないかもしれねーから」
「どういうこと?」
「だから怒るなって。約束しただろ?」
「いいから、なに? 早く言って」

 咲本は「もう怒ってんじゃん」と口を尖らせる。それから、一つ息を吐いた。

「実はな……昔この家である失踪事件があったんだ」

 突拍子もない話に、僕は唖然とする。
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