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誘いの夏
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しおりを挟むそれから庭を見ようと、僕は閉じられている庭へと続く障子を開けた。
閉じられていた窓も開けると、池と松の木が目の前に現れた。あまり手入れされていないのか、池の水は濁っていて、雑草も生えていた。
想像していた景観とは違うけれど、人の家なのだから文句は言えない。
「おいおい。虫が入ってくるだろ。都内と違って、こっちはいっぱいいるんだからな」
咲本が近くにあった蚊取り線香に火をつける。祖父母の家でも使っていたからか、懐かしいような落ち着く匂いが漂う。
「ねぇ、夕飯とかどうするの?」
外はまだ明るいけれど、壁に掛かった鳩時計はすでに三時を過ぎていた。
「適当に、あるので作れるだろ」
「適当にって……料理できるの?」
「出来るに決まってるだろ」
断言する咲本に対し、僕は料理という料理をあまりしたことがない。
「祐智だって出来るだろ?」
「……出来ない」
「嘘だろ。学校で家庭科の授業なかったのか?」
咲本が怪訝そうな顔をする。
「習ったけど、応用できる程じゃないから」
「しょうがない。俺が腕を振るってやるか。祐智には別の仕事があるしな」
「別の仕事?」
そこで咲本が「冷蔵庫見てくるか」と言って、部屋を出て行く。
僕は嫌な予感がしていた。咲本は明らかに何か隠している。
それを聞き出すために、僕は慌てて咲本を追いかける。
「ねぇ、仕事ってなに? また何か隠してるんでしょ?」
冷蔵庫を物色している咲本の後ろに立ち、僕は問う。
「言ったら嫌だって、言うだろ? だったら、言えない」
「やっぱりなんか、僕の嫌がることをさせる気なんじゃん」
僕は何だか虚しさを感じていた。
「咲本はさぁ……僕を都合のいい人としか見てないよね」
咲本が驚いた顔で振り返る。
「何言ってんだよ。祐智」
「確かに咲本は、変だしウザい時もあるけど、僕は咲本だから澄子さんを連れてきたんだ」
僕にとっては、相当の覚悟を必要としたことだった。澄子さんの身に何かあったらという事も、もちろんだけど、また周囲にバレたりでもしたらと思うと、不安で仕方がなかった。だけど、咲本だったらきっと何とかしてくれる、受け入れてくれると思ったから、僕はここに連れてくる決心をしていたのだ。
「それにあんまり言いたくないけど、少し楽しみだとも思ってた。だけど、咲本からしたら、ただ厄介な事を押しつける為だけに僕を呼んだんだね」
咲本に呼び出された時、ろくな事にならないことぐらい分かっていた。何度も何度も、変な目に遭わされていて、さすがの僕だって学習している。
だけど、僕の唯一の友達だと思っていたから――一番重要な部分で共感し合えていると思っていたから、こうして誘いに乗っていた。
「悪かった……そんなつもりはなかったんだ」
咲本が、ばつの悪そうな顔をする。
「祐智だったら、何とかしてくれるって思ってつい……」
「僕は何も出来ないよ」
「そんなことない! お前はすげーよ」
咲本が声を大きくする。
「お前のおかげで色々解決出来たんだ。だけど、祐智は何でもかんでも嫌がるだろ? だから言えなかったんだ。面倒だから、嫌だとか言ってさ。俺はお前に逃げて欲しくないんだ。色々と向き合って欲しいと思ってる」
咲本が僕の肩を両手で掴んだ。真っ直ぐに見つめられ、僕は反論する言葉を失う。
「だからそんな顔すんなよ。俺は別に都合良く、お前を使ってるつもりはない。信頼してるから、一緒にいて欲しいだけだ」
「……もう、分かったから」
あまりにも近い距離といい、咲本らしくない熱量に僕は押し負ける。
「だけど、そう思ってるなら、もう隠したり誤魔化したりするのはやめて。僕もできる限り協力するからさ」
「ありがとう。祐智」
それから咲本が、僕を抱きしめてくる。
さすがにおかしいと、僕は「離して」ともがく。
だけど咲本が満足するまで、僕が解放されることはなかった。
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