咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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誘いの夏

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「細かいことは翔琉から聞いてね。何度か泊まってるから分かると思う」
「はい。色々とありがとうございます」
「別に良いよ。来てくれたお礼だからさ」

 僕は少しだけ違和感がしたけれど、触れなかった。

「じゃあ、よろしくね」

 叔父さんはそう言い残して、帰っていった。

「そんなに僕たちに、ここに来て欲しかったのかなぁ」
「まぁー、一人暮らしだからな。さびしんじゃねーの」

 荷物を広げている咲本は、どうでも良さそうだった。

「えっ? ここに一人で住んでるの?」

 僕だったら持て余しそうだし、夜を一人で過ごすのは怖そうだった。

「ん? だったら、なんで一緒にいないんだろ……」

 寂しくて呼んだんだったら、一緒に過ごすはずだ。もしくは食事だけでも、一緒にするとか――

「そんな事より、良いのか? すみえさんだっけか。入れっぱなしにしてて」
「澄子さんだってば」

 僕は慌てて、ケースに駆け寄る。
 それからケースをそっと横に寝かせた。ロックを外して、ゆっくりと蓋を開く。

「なんか、きんちょーすんな」

 咲本がすぐ後ろから、僕の手元を覗き込む。
 僕はそこで、咲本に会わせるのは初めてだなと、気恥ずかしさと不安がない交ぜになっていた。
 僕が丁寧にクッション材をどかすと、澄子さんの姿が晒される。

「ごめん。辛かったでしょ」

 咲本がいることも忘れ、僕は澄子さんをそっと取り出す。少し髪が乱れていて、僕は胸が痛くなる。
 急いで鞄から櫛を取り出すと、優しく乱れた髪をとかしていく。
 整った所で僕はやっと、そこに咲本がいたことを思い出す。

「……二重の驚きだ」

 咲本の呟きに、僕は首を傾げる。何故か咲本は正座していた。

「どうも、初めまして。咲本翔琉です」

 咲本は真面目くさった顔で、澄子さんに向かって言った。

「すげぇー可愛いですね。人形界の印象が百八十度変わるぐらいに」

 咲本の態度に、色々と突っ込みどころはある。だけど僕は、少しだけ泣きそうになっていた。
 正直、いくら周囲とは常識がずれているような咲本とはいえ、現実を目の当たりにすれば、引くかもしれないと思っていたからだ。
 胸に込み上げそうになる熱い塊を、僕は強引に呑み込む。

「……可愛いでしょ? 友達に会わせるのは初めてなんだ」

 声が僅かに震えていた。だけど咲本は気付いていないのか、澄子さんをじっと見つめている。

「ああ、すげぇー可愛い。びっくりした。なんかひな人形とか、市松人形みたいなのを想像してたからさ」
「うん。僕も最初は驚いた」

 普通はその感情で終わるはずだ。だけど僕はその時、越えてはいけないラインを越えていた。

「目とか人間の目と一緒じゃん。きちんと光彩が入ってる。唇とかグロス塗ってるみたいにツヤツヤだし」

 嬉しい気持ちもあるけれど、あまりにもじろじろ見る咲本に、僕は少しだけ嫉妬した。

「触ってもいい?」
「……駄目に決まってんじゃん」

 いくらなんでも、さすがにそれは嫌だった。

「祐智に聞いてない。この子に聞いてんだ」
「駄目だってば」

 勝手な解釈をされて触れられては困ると、僕は澄子さんを抱き上げる。
 咲本が不服そうな顔をするも、無理強いはしてこない。

「なんか妬けるな。祐智は俺の為に必死になってくんないもんな」
「何言ってんだか」
「きっと俺が他の人に触られそうになっても、祐智は守ってくんないだろ?」
「そもそも自分で何とか出来るじゃん」
「そうじゃない。分かってないなぁ、祐智は」

 まだブツブツ言っている咲本を無視して僕は、澄子さんを座布団に座らせた。倒れないように後ろにケースを置いて、そこに座布団を立てかけておく。
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