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誘いの夏
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しおりを挟む旅行当日。
まだ空が白み始めた頃に、僕は祖父母の家に向かった。
朝早くから出迎えてくれた祖父母は「澄子をよろしく」と言って、僕に手渡した。
澄子さんの重みを掌に感じて、高揚感と一緒に重責も感じていた。
僕は持ってきていた緩衝材入りのケースに、澄子さんをそっと寝かせる。
「ごめんね。少しの間、我慢してて」
そう囁いてから、澄子さんの上に柔らかいクッション材を入れて、僕は静かに蓋を閉める。
「気をつけていってらっしゃい。楽しんでくるのよ」
嬉しそうに笑う祖母に、僕も大きく頷く。
「うん。お土産買ってくるね」
僕が重みの増したケースを持つと、祖父が「祐智」と言って近づく。
「楽しんできなさい。ちょっと早い新婚旅行だと思って」
祖父が僕に封筒を手渡す。
僕が驚いた顔をすると「開けるのは向こうに着いてからだ」と念を押してくる。
「ありがとう。行ってきます」
二人と別れた僕は、呼んで貰ったタクシーで駅まで向かう。
咲本とは新幹線の出ている都心の駅で、待ち合わせしていた。
そこまでは、電車で一時間。
僕は割れ物を扱うようにケースを抱えて、電車に揺られた。
待ち合わせの駅に下りると、新幹線のホームへと向かう。
夏休みということもあって、人の姿も多い。
「祐智」
振り返るとちょうど、階段を上がってくる咲本の姿があった。
僕の手にあるケースを見て、咲本がにやけだす。
やっぱり止めとけば良かったと、僕は後悔しながら新幹線に乗り込んだ。受け取ったチケットの座席を探し、何とか二人で腰を落ち着ける。足下に澄子さんを置くのは忍びないけど仕方ない。
「弁当買っといたから」
咲本にしては気の利いている行動に、僕は驚く。
「えっ、ありがとう」
座席のテーブルを出して、咲本から渡された弁当をのせる。
「お茶は? あるのか?」
僕は目を見開く。
「えっ、えっ? なんか珍しいね」
咲本からお茶のボトルを受け取り、僕は他の人には失礼な言動をしていた。
「まぁーな。付き合わせちゃってるし」
「凄い。成長したね」
感嘆の声を上げる僕に、咲本は「お前は俺の親かよ」と口を尖らせる。
新幹線がゆっくりと走り出し、僕は口には出さずとも楽しみだなと感じていた。
去年はまだ、怖じ気づいていたこともあって、咲本からの誘いを断っていた。
でもさすがに一年が経ち、それなりに咲本の人となりは分かってきているように思う。
これで何事もなく、楽しい旅行で終われれば良い。
だけど僕はこのとき、完全に油断していたのだ。咲本がいつもと違う。そう思ったときは何か裏がある。
一年以上の付き合いがあるのに僕は、そんな重要なことをすっかり忘れていたのだ。
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