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誘いの夏
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しおりを挟むそれから一週間、僕は咲本に何度も呼び出されて宿題を一緒にやる羽目になった。
他に友達がいないのかと、言いたかったけれど、逆に返されて痛いところを突かれるのも嫌だったから何も言えない。
それから待ちに待った、祖父の家への訪問の日。
両親から渡された手土産を持って、僕は一人で電車で向かった。
自宅から祖父の家まで、電車で二時間。そんなに遠くもないが、頻繁に通うには交通費が高い。
だから行けても、月に一、二回程度だった。
それにあんまり頻繁に行くと、両親がいい顔をしなかった。別に祖父母との仲が悪いわけじゃない。僕のせいで、ギクシャクしているだけなのだ。
本当は頻繁に、行くべきじゃないことも分かっている。だけど、僕は祖父母に甘えて、こうして家に遊びに行っていた。
「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」
祖母が僕にそう言って、出迎えてくれる。
「お世話になります」
僕は靴を脱いで、框を上がる。
マンション住まいの僕とは違い、祖父母の家は大きな平屋の一軒屋だ。
周囲は長閑な田舎の景色が広がっていて、僕の住んでいる場所とは打って変わって、家同士の感覚も広い。
ゆっくりとした時が流れているような雰囲気が、僕の性に合っていた。
「祐智」
僕が廊下を歩いていると、祖父が居間から顔を出す。
「おじいちゃん。お世話になります」
「ああ、ゆっくりしていけ」
そう言って、祖父が朗らかに笑う。
「うん。ありがとう」
「澄子なら、いつもの所にいる」
その一言に、僕はほっとした。それから荷物を居間に置かせて貰うと、仏間に向かった。
まずは仏壇に折り菓子を供え、僕は手を合わせた。
それからやや緊張を持て余すようにして、隣の部屋へと向かう。
そこは八畳の部屋で、祖父の趣味の部屋だ。
僕は襖の前で一度深呼吸し、それから襖を開く。
障子が開いているからか、中は明るかった。
棚にはいくつもの人形が飾られている。日本人形からビスクドールまで、おじいちゃんが趣味で集めた物と、自作したものが混じっていた。
その中で、僕は目的の人物の前に立つ。
白菊のあしらわれた赤い着物を着た澄子さん。
僕は彼女に一目惚れし、ここ半年ほど恋していた。
一般的に日本人形と聞けば、市松人形を思いうかべるだろう。だけど、僕が恋に落ちた相手は、ビスクドールを和風にあしらえた物だった。
長い髪をハーフアップにし、赤い紐で止めている。顔の作りも今風で、通った鼻筋に長い睫に縁取られた二重瞼。涙袋もあり、とても色っぽい。頬もほんのり色づき、唇も薄ピンクの紅を差していた。
今にも動き出しそうな精巧さと、今までの印象を覆すような可愛さに、僕はすっかり心を奪われていた。
「……久しぶりだね」
僕は澄子さんに声をかける。緊張で喉が渇いていた。
どこか遠くを見つめるような表情は変わることがなく、僕をいつも切ない気持ちにさせていた。
「今日からしばらく泊まるから……一緒にいてくれないかな」
静まり返っている部屋に、僕の心臓の音が響きそうなぐらい脈打っていた。
夏の暑さだけでなく、別の汗が僕の額を伝う。
僕はハンカチで額の汗を拭った。
それから震える手で、澄子さんの髪に手を伸ばそうとした。
「祐智、入るぞ」
襖の外から声がし、僕は慌てて伸ばしていた手を引っ込めた。
祖父が入ってくるのと同時で、僕は少しだけひやりとした。
「本当に好きなんだな。澄子が」
祖父が苦笑する。
僕は居たたまれなくなって、「ごめん」と呟く。祖父はきっと、顔が真っ赤な僕を見てそんなことを言ったのだろう。
「おじいちゃんだって、変だと思うよね」
僕の味方をしてくれているとはいっても、本心ではちゃんとした恋愛をして欲しい、みんなと同じちゃんとした孫であって欲しい、と思っているはずだ。
だからこそ、僕はいつも罪悪感に駆られていた。
「誰がなんと言おうと、お前が好きならそれで良い。おじいちゃんは否定はしない」
うん、と言いながら僕は泣きそうになる。
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