咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

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誘いの夏

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「ほら、さっさと解いてけよ。見ててやるからさ」

 そう言って、咲本が僕の斜め右隣に座った。
 僕は仕方なく、問題集を睨んだ。
 二時間ぐらいかけて、ようやく三分の一ほどが終わった。
 咲本が逐一、こーだあーだと教えてくれたお陰で、何とかここまで来ている。
 さすがに集中力が切れ始め、僕は「疲れた」とボヤいた。

「少し休憩するか」

 咲本が立ち上がり、「飲みもん取ってくる」と部屋を出ていく。
 甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる咲本は珍しく、案外家では良い子なんだなと思う。外でも大人しくしててくれればとも思えるけれど。
 時計を見ると三時前だった。あんまり遅くまでいて、親族に出くわすのは気まずい。
 後一、二時間したら、帰ろうと僕は考えた。
 咲本が戻ってきて、僕にお茶の入ったグラスを渡してくる。

「ありがとう。咲本も疲れたでしょ?」

 僕のおもりは、さぞかし大変だったに違いない。

「いや、あんまり人に教えることがないから、楽しかったな。俺、案外教師とか向いてんのかも」
「どうだろうね」

 僕は反対だけど、という言葉は口にしなかった。

「あっ、そういえば、祐智はいつからいつまで彼女に会いにいくんだ?」
「来週から、一週間ぐらいかな」
「ふーん。じゃあ、八月の半ばは空いてるって事だな」

 まるで僕には他に、予定がないことが確定しているような口ぶりだ。図星だけど、なんだかイラッとする。

「……まだ分からないよ」
「実はな、一緒に行ってほしい場所があるんだよ」

 僕の心境などまるで無視して、咲本が続ける。

「宿泊代はかからないから、そこは気にすんなよ」
「えっ、泊まりなの?」

 なんの脈略もないまま、泊まりがけの旅行だと告げられ、驚かずにはいられなかった。

「なんだったら、彼女を連れてきてもいい。俺はまだ、紹介されてないからな」
「えっ、でも……」
「安心しろ。そこには俺たちしかいない」

 その点も重要だけど、それ以上に咲本が本当に許容できるのか不安だった。

「だけど……嫌じゃないの?」
「別にいいよ。部屋も有り余ってるし。なんなら早い新婚旅行だと思えばいいじゃん」

 僕は悩んだ。祖父の家でもゆっくり過ごせるけど、一緒にいられる時間を作れるのならば、それに越したことはない。

「それとも、二人になるのをびびってるのか? なんなら俺も混じって、色々と教えてやってもいい」

 なんの話かと僕が首を傾げると、咲本がニヤニヤした。

「どうせ童貞だろ?」

 その一言で、僕の頬が瞬時に熱くなる。

「バカっ! そんな関係じゃないから! 僕は純粋に傍にいたいだけだ!」

 僕はいつも以上に声を荒げた。それなのに咲本は、お腹を抱えて笑っていた。

「もう絶対に行かない!」

 僕は完全に臍を曲げた。旅行しなくたって、祖父の家で一緒にいれれさえ出来ればそれでいい。

「悪かった。そう拗ねんなって。夕飯は俺が作ってやるよ。彼女の分もな」

 咲本が宥めてくるも、僕は無視する。揶揄うにしてはタチが悪い。

「あと、庭で焼きマシュマロやろって思ってる。彼女は外にあんまり出れないんだろ? だったら、そういうの見て楽しめるんじゃないのか」

 僕はやっと咲本を見る。
 少しは反省してるのか、咲本は困った顔をしていた。

「新幹線のチケットだって、俺が手配してやる。だから、な? そう臍曲げんなって」

 咲本のダメ押しに、僕はやっと折れる。

「……連れてこれるか、分からないけれど」

 僕は渋々ながら了承した。
 それからどこに何をしに行くのか聞いたけれど、咲本は着いてからのお楽しみだと言うだけで答えてはくれなかった。
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