20 / 72
誘いの夏
2
しおりを挟む「ほら、さっさと解いてけよ。見ててやるからさ」
そう言って、咲本が僕の斜め右隣に座った。
僕は仕方なく、問題集を睨んだ。
二時間ぐらいかけて、ようやく三分の一ほどが終わった。
咲本が逐一、こーだあーだと教えてくれたお陰で、何とかここまで来ている。
さすがに集中力が切れ始め、僕は「疲れた」とボヤいた。
「少し休憩するか」
咲本が立ち上がり、「飲みもん取ってくる」と部屋を出ていく。
甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる咲本は珍しく、案外家では良い子なんだなと思う。外でも大人しくしててくれればとも思えるけれど。
時計を見ると三時前だった。あんまり遅くまでいて、親族に出くわすのは気まずい。
後一、二時間したら、帰ろうと僕は考えた。
咲本が戻ってきて、僕にお茶の入ったグラスを渡してくる。
「ありがとう。咲本も疲れたでしょ?」
僕のおもりは、さぞかし大変だったに違いない。
「いや、あんまり人に教えることがないから、楽しかったな。俺、案外教師とか向いてんのかも」
「どうだろうね」
僕は反対だけど、という言葉は口にしなかった。
「あっ、そういえば、祐智はいつからいつまで彼女に会いにいくんだ?」
「来週から、一週間ぐらいかな」
「ふーん。じゃあ、八月の半ばは空いてるって事だな」
まるで僕には他に、予定がないことが確定しているような口ぶりだ。図星だけど、なんだかイラッとする。
「……まだ分からないよ」
「実はな、一緒に行ってほしい場所があるんだよ」
僕の心境などまるで無視して、咲本が続ける。
「宿泊代はかからないから、そこは気にすんなよ」
「えっ、泊まりなの?」
なんの脈略もないまま、泊まりがけの旅行だと告げられ、驚かずにはいられなかった。
「なんだったら、彼女を連れてきてもいい。俺はまだ、紹介されてないからな」
「えっ、でも……」
「安心しろ。そこには俺たちしかいない」
その点も重要だけど、それ以上に咲本が本当に許容できるのか不安だった。
「だけど……嫌じゃないの?」
「別にいいよ。部屋も有り余ってるし。なんなら早い新婚旅行だと思えばいいじゃん」
僕は悩んだ。祖父の家でもゆっくり過ごせるけど、一緒にいられる時間を作れるのならば、それに越したことはない。
「それとも、二人になるのをびびってるのか? なんなら俺も混じって、色々と教えてやってもいい」
なんの話かと僕が首を傾げると、咲本がニヤニヤした。
「どうせ童貞だろ?」
その一言で、僕の頬が瞬時に熱くなる。
「バカっ! そんな関係じゃないから! 僕は純粋に傍にいたいだけだ!」
僕はいつも以上に声を荒げた。それなのに咲本は、お腹を抱えて笑っていた。
「もう絶対に行かない!」
僕は完全に臍を曲げた。旅行しなくたって、祖父の家で一緒にいれれさえ出来ればそれでいい。
「悪かった。そう拗ねんなって。夕飯は俺が作ってやるよ。彼女の分もな」
咲本が宥めてくるも、僕は無視する。揶揄うにしてはタチが悪い。
「あと、庭で焼きマシュマロやろって思ってる。彼女は外にあんまり出れないんだろ? だったら、そういうの見て楽しめるんじゃないのか」
僕はやっと咲本を見る。
少しは反省してるのか、咲本は困った顔をしていた。
「新幹線のチケットだって、俺が手配してやる。だから、な? そう臍曲げんなって」
咲本のダメ押しに、僕はやっと折れる。
「……連れてこれるか、分からないけれど」
僕は渋々ながら了承した。
それからどこに何をしに行くのか聞いたけれど、咲本は着いてからのお楽しみだと言うだけで答えてはくれなかった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「64」まで済。

禁忌index コトリバコの記録
藍沢 理
ホラー
都市伝説検証サイト『エニグマ・リサーチ』管理人・佐藤慎一が失踪した。彼の友人・高橋健太は、佐藤が残した暗号化ファイル「kotodama.zip」を発見する。
ファイルには、AI怪談生成ブログ「コトリバコ」、自己啓発オンラインサロン「言霊の会」、そして福岡県██村に伝わる「神鳴り様」伝承に関する、膨大な情報が収められていた。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる