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立夏の落恋
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しおりを挟む「ああ、この子が……」
そう言って僕が彼女の方を向くと、誰もいないことに気付く。
僕は慌てて、周囲を見回す。
だけど彼女の姿はどこにもなく、それどころか、咲本と僕しかいないようだった。
出て行くにしても、入り口までそれなりに距離がある。
彼女は悪い予感以外にも、瞬間移動の能力があるのかもしれない。きっとそうだろう。
だから体育祭の時にも、いつの間にか姿が消えていたのだ。
「ずっと一人だったぞ」
現実逃避していた僕に、咲本は容赦なく突きつけてくる。
「ほら、良い物やるからそんな顔するなよ」
咲本が手に持っていた白い紙袋を僕に見せつけてくる。
「俺んちまで送ってけよ。これ全部やるからさ」
僕は鼻を啜る。
それから初めて、素直に咲本に従った。
咲本の家に送っていく途中の公園で、僕は渡された紙袋を覗き込み絶句した。
中には大量のビロード葵のマシュマロが入っていたからだ。
「これ、どうしたの!」
さっきまでの悄然とした気持ちが嘘のように、僕は興奮に声を上げた。
「お見舞いの品で、みんなから貰った」
ベンチに腰掛けながら咲本が言う。
夕方の公園はやや薄暗くなりつつあり、街灯が点灯し始める。
「えっ? 咲本って、大のマシュマロ好きだったっけ?」
そう聞きつつも、手が勝手に定番のホワイトマシュマロの袋に伸びる。
「俺はそんなに」
「じゃあーなんで、こんなに貰ったんだよ」
明らかに、一人二人から貰った量ではない。
「何でって、祐智が食うだろ」
「それじゃあ、咲本のお見舞いにならないじゃん」
不平を漏らしながらも、僕はマシュマロを口に入れる。
安物のマシュマロとは違う、舌触りも食感も滑らかであり、しっかりと弾力がある。なんとも不思議な食感が堪らない。
色んなフレーバーを口にしているけれど、ノーマルタイプの物も本来の甘さを楽しめて良かった。
「俺は別に、欲しいものなんてねーし。しつこく聞かれたから、無駄にならない物にしただけだ」
何だかくれた人が可哀想だなと僕は哀れみながらも、有り難くマシュマロを頂いた。
「ところで呼び出しの件は、大丈夫だったの?」
僕は本題に入ることにした。
おのずとあの女子生徒のことも思いだし、何だか喉が苦しくなった。
「やっぱりわざとだってよ。まぁー分かってたけどな」
予想通りとばかりに、咲本が溜息を吐く。
それから呼び出された時の状況を、咲本が語り出した。
まず咲本は、放課後の生徒会室に呼び出された。
騎馬戦のメンバーの中に副会長がいて、その人からの呼び出しだったようだ。
そこには副会長と泣いている女子生徒、それからもう一人の騎馬戦メンバーがいた。
女子生徒は咲本に当たりの強かった三年の恋人で、彼女が今回の事故について話したいと掛け合ってきたという。
彼女曰く、咲本と騎馬戦を組むと知った彼女が、咲本を格好いいと褒めたことが発端となったらしい。
嫉妬に怒り狂ったことで、咲本に逆恨みし、今回の事故に至ったと彼女は感じていた。
だからこそ自分にも責任があると、罪の意識から今回の件を告発すると決めたそうだ。
何故、彼氏の犯行だと確信したかというと、咲本が怪我をして運ばれた後、彼女に向かって笑っていたという。
その話を聞いた後、三年二人からも明らかにおかしかったと、それからフォロー出来なかったことに対する謝罪があったそうだ。
「まぁ、どうせ三年の奴らは大事にしたくないから、俺を呼んで場を納めようとしたんだろ。大学受験に響くしな」
冷めたような口調の咲本に、僕は黙り込む。
「何より腹が立つのは、モテると災難も多いよね、だなんて言ってきやがったことだな」
ガッと鈍い音を立てて、咲本が目の前の砂利を蹴る。
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