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立夏の落恋
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しおりを挟む座席に戻り、今度は咲本が参加している騎馬戦を鑑賞する事にした。
一回戦目がA組対B組で、早々に咲本の出番だった。
三年の上に乗る二年。先輩におんぶされるって、なんだか居た堪れない。僕だったら絶対にやりたくないとすら思えていた。
それから僕は、思い出したかのようにフェンスの方を見た。そこでさっきの制服姿の女子生徒を見つける。
ピストルの音が鳴った。
瞬間、その女子の表情に変化が起きる。
驚いたように目を見開き、腕を伸ばそうとして上体がやや前のめりになる。
そこで大きなどよめきが起こり、僕は正面に目を向けた。
「大丈夫か!」
大きな叫び声と悲鳴が起こり、場が混乱していた。人が右往左往していて、何が起きたのか僕には分からずにいた。
「咲本が落馬したらしい」
誰かの一言で僕はやっと、大変なことになっているのだと把握する。
放送で落ち着いてくださいとアナウンスされる中、僕はなんとか人を掻き分け前に出る。
遠目でも咲本が、地面に転がっているのが分かった。他にも数名の生徒が地面に倒れている。
――落ち着いてください。
再びアナウンスが流れる。
僕は内心パニックになっていた。足がガタガタ震え出し、血の気がさぁーと引いていくのが分かる。
咲本は苦悶の表情を浮かべ、右腕を押さえていた。
騎馬の下にいた先輩達も転んでいるようだたけど、一人で立ち上がることができるようだった。
先生達が担架を持って駆け寄り、咲本を乗せようとする。それを押し留め、咲本がふらりと立ち上がる。それから先生に支えられながらも、ゆっくりと足を引きずるようにして歩き出す。
再びアナウンスが流れ、騎馬戦の中止を告げた。
僕はフラフラと座席に戻り、力なく腰を下ろす。こんな事は初めてで、僕はショックを受けていた。
死んだわけじゃないのに、大事故を目撃したぐらいに、僕の心臓は激しく脈打つ。
周囲も混乱しているようで、ヒソヒソと咲本を気遣う声が聞こえてくる。
そこで僕は女子生徒のことを思い出して、フェンスの方に顔を向けた。
だけどやっぱりというべきか、そこには女子生徒の姿はなかった。
無事にとは言い難い体育祭を終え、僕は憂鬱としたまま休暇を迎えていた。
二週間後には中間テストも控えていて、本当だったら、そろそろ勉強を始めなくちゃいけない。だけど鬱屈とした気持ちで勉強など、身に入るはずもなく――
だからといって、咲本に連絡しても「大丈夫、問題ない」としか返ってこない。
詳しいことは教えてはくれないことに、僕はさらに気分が沈んでいた。
いっそのこと、家を訪ねようかとも思ったけれど、昨日の今日で迷惑かもしれないと僕は諦めた。
ぼんやりとした休日を終えて、月曜日になると、僕は不安と焦燥感を抱えながら学校に向かった。
教室が何やら騒がしく、廊下まだ響く喧噪に、僕は急ぐような気持ちでドアを開けた。
みんなに囲まれるようにして座る咲本の姿を見つけ、僕はほっとする。
いつもは後から登校する咲本が、今日は珍しく早く来ていた。
だけど右手を包帯で吊っているのに気付いて、僕の顔はおのずと引き攣る。
「祐智」
名前を呼ばれ、そこにいたメンバーが僕の方を見る。
僕は一瞬、金縛りにあったように固まる。
「そんな顔すんなよ。ただの打撲だからさ」
咲本はそう言って、吊っている腕を動かす。
「ちょと、やめなよ」
さすがに僕も慌てて止める。それと同時に、体がいつも通り動き出す。
「泉堂ったらさぁ、咲本が落馬したとき、青ざめてたんだぞ。なんだかんだ言いながら、ホントお前ら仲いいな」
孤田がやれやれと言った顔をする。他のクラスメイトも同意するように頷く。
「そうなのか? 何だか嬉しいな。いつもは冷めた目でしか、俺のことを見てくんないからな」
咲本が笑う。クラスのみんなも笑う。
だけど僕は笑えなかった。
僕は予鈴が鳴る中、一人で教室を出た。
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