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立夏の落恋
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しおりを挟む「ちゃんと見てたか?」
どかりと椅子に腰を下ろす咲本に、僕は「うん」と返す。
「おいおいおい。ボッーとした顔してんじゃん。俺の勇姿に惚れたとか」
「いや、違うから。そこにいた制服姿の女子生徒が、こっちを見てて」
僕がそちらに視線を向けると、さっきまでフェンスに寄りかかっていた女子生徒が消えていた。
「あー、座敷童子じゃねぇ」
「座敷童子?」
突拍子もない言葉に、僕は思いっきり顔を顰めた。
「そうそう。うちの学校いるらしいぜ。ただし、幸運を運ぶんじゃなくて、不幸だけどな」
椅子にもたれ掛かり、咲本がペットボトルに口をつける。
「でも、普通に生徒っぽかったよ。座敷童子って、小さい女の子で着物着てたりしなかったっけ?」
僕はよく、テレビで紹介されるような容姿を想像していた。
「そんなわけねぇだろ。ここで着物なんか着てたら、それこそバレバレじゃねーか」
咲本は何がそんなに面白いのか、爆笑している。
「旅館だから着物、学校なら制服に決まってるだろ。病院だったら看護服か白衣だし」
それはもはや座敷童子じゃなくて、呪縛霊じゃないのかと僕は思う。
「なんか咲本のこと、見てたっぽいけど」
視線が咲本を追っていたように、僕は感じていた。
「ファンとかじゃないの?」
「だったら残念だったな」
咲本がぼやいたところで、「さきもとー」と三年の生徒がこちらに向かって叫んだ。
「ちょっと行ってくるわ」
嫌そうな顔をした咲本が立ち上がり、呼んだ生徒の方へ向かう。
僕はもう一度さっきの場所を見る。やっぱり誰もいない。周囲を見渡して制服姿の人間を探してみても、みんなジャージ姿だ。
腑に落ちないでいると、咲本が不機嫌そうに戻ってくる。
「昼行こうぜ」
そう言って僕の腕を引く。時計を見れば、後五分ほどで昼食の時間になる。
放送で中間発表をしているようで、立ち去る僕らを尻目に、そこら中から歓声の声が聞こえていた。
僕たちは人の姿が少ない校内を歩いて、屋上へと向かった。
さっきまでとは打って変わって、咲本は不機嫌だった。どかりと腰を下ろすなり、早々に焼きそばパンの袋を開け始める。
「どうしたの?」
さすがに無視できずに問うと、「あの三年まじムカつく」と低い声で言った。
変わったところはあれど、それは個性とばかりに何故か不思議と人付き合いがうまく出来てる咲本にしては、珍しい愚痴だった。
「騎馬戦で組む三年が、やたら俺にケチつけてくんの。誰がどう見たって、下の陽動が悪りぃのにさ」
むしゃくしゃした気持ちを表すように、咲本が焼きそばパンを頬張る。
「そんな人と一緒に組むのは嫌だね。練習の時から?」
「いいや。急に当たりが強くなった。組んだ時はよろしくな! ってどこぞの熱血バカみたいに暑苦しかった癖に」
「気に触る事でも、咲本が言ったんじゃないの?」
年中、咲本の狂言に触れてる僕としては、それが一番思い当たる節だった。
「ないね。そもそも、くだらない恋人自慢ばっかりで、こっちは相槌ぐらいしか打ててねぇーし。壁に向かって話してるのと、変わらないぐらいにしか思ってねぇよ」
「うーん。相槌の打ち方に、問題があったのかも」
「まぁーとにかく、こんな厄介な三年とは今日でおさらばだから」
残りの焼きそばパンを口に入れると、咲本はお茶で流し込んだ。
僕も鮭おにぎりを食べて、それから梅おにぎりに手を付ける。
その後も咲本はやや不機嫌なまま、グラウンドに戻り、次の競技に備えていた。
僕も参加しなきゃいけない種目がある。
昼食後に応援合戦をして、それから僕は綱引きに参加した。
久々に綱を引いたせいか、僕の掌が少しだけ擦りむけてしまう。
どんだけ柔なんだと、自分で自分が情けなかった。
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