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立夏の落恋
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しおりを挟む「そっか……ありがとう」
そう言って、光橋さんは用が済んだとばかりに席を立つ。
同時に歓声が沸き起こり、うちのチームが勝ったのだと分かった。
しばらくすると、咲本がやってきて隣にどかりと腰を下ろす。
「おい、ちゃんと見てたか?」
僕が渡したペットボトルの水を煽り、咲本が問い詰めてくる。
「見た見た」
「じゃあ、俺は何位だった?」
「一位」
咲本がにやりと笑う。
だろうなと、心の中で呟く。
何の種目をやったかすら、パンフを見ないと分からないけれど、結果が分かっている以上見る必要はなさそうだ。それに別に僕は、咲本のファンでもない。
「格好よかっただろ?」
「はいはい」
「さてはお前、見てなかっただろ」
咲本の顔から笑みが消え、僕を睨んだ。
「見てたって」
凝視してくる咲本から逃れるように、僕は視線を逸らす。
「嘘だな。だって、ちゃんと見てたらもっと興奮気味に頷くはずじゃんか」
「僕は見慣れてるから、そんなにテンション上がらないだけ」
その一言に、咲本は少しだけ溜飲を下げたのか僕から身を引く。
「まぁーいいや。で、さっき女子から話しかけられてたけど、告白でもされたのか?」
よく見てたなと驚くも、僕は「嫌み?」と返す。
「いつもの咲本偵察だよ」
そう続けると「なーんだ」と言って、不満そうな顔をした。
「祐智だって、モテてもおかしくないと思うんだけどな。顔だって悪くねーし。まぁー、陰キャなのが良くねーのかもな」
僕の顔をじろじろ見る咲本に、僕はそっぽを向く。
「やめてよ。別にモテなくたって良いし」
「それもそうだな。俺みたいに、ストーカーだの余計な呼び出しだのに、無駄に関わる必要はねーからな」
モテるということは贅沢な悩みのはずなのに、咲本を見ていると本当に大変だなと思えるから不思議だ。
やっぱり物事には、加減が大事なのかも知れない。
「そろそろ次の出番だから、行ってくるわ」
そう言って、咲本が立ち上がる。
「てか、今度はちゃんと見とけよ。後でクイズ出すからな」
百十メートル走で、何をクイズにするんだよという突っ込みを入れる前に、咲本はさっさと行ってしまう。
僕は大きく息を吐く。どうして、たかが十分程度喋っただけで、こんなにも疲れるのか。
まるで咲本から精気を奪い取られるようだった。
僕は仕方なく立ち上がって、咲本が走るのを待つことにした。
前の列で黄色い声を上げている女子たちの間から、何とか顔を出してスタートラインを見る。
女子の目線の先には、悠長に他のチームと談笑する咲本の姿があった。
何だか不思議な気がしていた。変人だけど運動も勉強もルックスも全て兼ね備えている咲本が、何故僕に構うのか。たった一つの互いの秘密だけで、ここまで関わり合う必要があるのか。
そうこう考えているうちに、咲本の番になっていた。
ピストルが鳴り、四人が一斉にスタートダッシュを決める。
咲本が一気に加速し、他の生徒との距離を広げていく。
周囲の熱気もさらに苛烈になり、気づけば僕も拳を強く握っていた。
分かりきった展開であっても、やはり競争ごとはその緊張が伝播するようだった。
ゴールテープを切った咲本が、係に連れられ一位の並びに案内されていく。
その姿を確認してから僕は、安堵の息を吐きつつ、席に戻ることにした。
一息つこうとお茶のペットボトルを傾けていると、ふとフェンスに寄りかかっている制服姿の女子生徒の姿があった。
みんなジャージの中での制服は、とても目立つ。具合が悪いのかなぁとも考えたけど、だったらこの暑い中にいるより、教室か休みにすれば良いと思えた。
その女子生徒は、じっと中央付近を見ていた。その視線が誰かを追うように動く。弧を描くように辿って、それから僕の方を見た。
「祐智」
ビクッと肩を跳ね上げ、僕は悲鳴を何とか堪える。
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