咲本翔琉は僕を巻き込む

立夏の落恋

2

　待ちに待ってない体育祭がはじまり、やや強い日射しの中、次々と種目が進められていく。
　学生の人数が多いため、百十メートル走や対抗リレーは基本的に選ばれた人間が走る。
　もちろん。僕は選ばれるはずはなく、出るのは玉入れと綱引きぐらいなものだった。
　後はのんびりと席に座って、応援ならぬ鑑賞をしていればいい。
　僕の隣を陣取っているはずの咲本は忙しいらしく、何かと種目に駆り出されていた。
　しっかり応援しろよと言い残していたが、僕はすでに暑さでぼーっとしていた。
　周囲は盛り上がっているようで、立ち上がって歓声を上げている人もいる。
　周囲との温度さに居たたまれなさを感じていると、隣に座る人の気配を感じた。

「泉堂せんどうくん」

　あまり話さないクラスメイトの女子（確か光橋さんだったはず）が隣にいた。
　クラスの中でも可愛いと評判で、よく男子が噂しているのを聞いたことがある。僕は二年で初めて同じクラスになったせいか、彼女のことをよく知らない。
　数人の男子の目線が、チラチラとこちらを窺っているのを肌で感じ、僕はやや素っ気なく「なに？」と尋ねた。
　そんな僕の態度を気にしてはいないようで、光橋さんは照れくさそうにはにかんだ。

「あのさぁ……咲本くんと仲いいよね」

　その潜めた一言で、僕は全てを察する。
　一年と四ヶ月。咲本といるだけで、このセリフは何百回と聞いていた。
　そのせいか僕が肯定してから、次に来る言葉が容易に分かってしまう。

「恋人とかいるのかな」

　ああ、またかと、僕は内心で溜息を吐く。
　そんなこと、自分で聞けばいいじゃないか。そんな風に思いながらも、「いないんじゃないかなぁ」と返す。
　本当だったら、いるで済ませたい。だけど以前、いると答えたら誰かとしつこく聞かれ、挙げ句の果てにはストーカーみたいな目にもあった。だから咲本からは、恋人はいない。だけど好きな人はいると言えと、言われていた。
　明らかにほっとした顔をする光橋さんには悪いけれど、僕は「だけど、好きな人はいるみたい」と続ける。
　途端に笑顔が、落胆の苦笑に変わった。
　なんだか僕が悪いことをしているみたいで、いつもこの役回りがイヤだった。

「そうなんだ……誰か知ってる？」

　この質問も、何度となく受けている。

「知らない。そういうの教えてくれないから」

　僕は嘘を吐く。本当は知っている。だけどこれは絶対に言えない、二人だけの秘密だった。