咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 はる

文字の大きさ
上 下
5 / 72
同情の春

5

しおりを挟む

「よくやった! さすが祐智」

 咲本の満面な笑みに僕が驚いていると、咲本はその藁の塊を手で掴みだす。それからしゃがみ込み、川面でしゃばしゃばと洗い始める。

「どういうこと? それ、なんなの?」

 怒りも忘れて混乱していると、咲本が笑みをそのままにその物体を水面から取り出す。
 さっきまで分からなかった、ただの藁の塊。その正体を分からないままの方が良かったと、僕は酷く後悔した。
 堪えていた恐怖が再び姿を現し、僕の背筋は凍り付く。
 咲本の手に握られていたのは、実際には目にすることがあるはずのない、藁人形がそこにはあったのだ。
 そんなの都市伝説の一つにしか過ぎないと思っていた僕は、突如として現れた呪いグッズを前に言葉を失った。

「あったぞ!」

 僕を尻目に咲本が立ち上がり、藁人形を掲げて叫ぶ。
 愕然としたまま、僕は咲本の視線の先を追う。向こう岸に立つ女の姿を見つけ、僕の肌が総毛立つ。
 木の陰で見えなかった女の姿が微光に晒されていた。細身を包む白いワンピースに伸ばした片腕。表情はおじいちゃんの家に飾られている鬼の面のような恐ろしさだった。

「返して!」

 女が叫ぶ。山にこだましたその声は、獣の咆哮みたいだった。
 一体何が起こっているのか。僕にはさっぱり分からない。

「それは出来ねぇ」

 場が一瞬にして凍り付いたのを、僕は人生で初めてその身で感じた。
 早く渡した方がいい。何がなんだか分からない僕でも、それだけは本能的に感じ取っていたのだ。

「こんなことして何になる。無駄な事はもうやめるんだ」

 まるで警察官が犯人に呼びかけるような咲本の言動に、女の顔がさらに醜く歪んだ。

「返さないなら、お前も呪い殺す」

 離れているはずなのに、すぐ近くで言われているような錯覚に陥る。
 女から目を背けたくとも、何をされるかわからないのが恐ろしくて、そうもいかなかった。

「それは卑怯だ。あんたは見つけなければ呪い殺すとは言った。だけど、渡せとまではあのとき言ってない」

 理不尽だ、と僕は思った。だけど、いつも理不尽な目に遭っている僕からしてみれば、咲本だしなという感覚だった。

「それにだ、こんなことしても意味がないことぐらい、分かっているはずだ」
「うるさい! 良いから返せ!」

 女の怒鳴り声に、僕はすっかりびびっていた。諦めて返した方が良い。僕たちには関係ないことなのだから。これ以上、厄介なことになる前に。僕はそう訴えようと口を開こうとした。だけどそれより先に、咲本が口を開いた。

「もうこの人は死んでる。だから、これ以上打ち続けたって無駄だ。あんたもいい加減、解放された方が良い」

 僕は呆気に取られた。何故、死んでいると分かるのか。
 女も戸惑っているのか、返す言葉を失っていた。

「それにろくな死に方してない。あんたが呪うまでもなくな」
「なんで、分かるのよ……そんなこと」

 女の言うとおりだ。僕はやっと咲本を見る。

「分かるさ。ろくでもない人間だったんだろ。だからあんたは、こんなとこまできて、夜な夜な呪いを掛けてたんだ」

 咲本は肩をすくめる。確かに呪ってやると思うぐらいに、相手が憎まれるようなことをしたのは間違いないだろう。

「このままだと間違いなく、あんたは地獄に墜ちる。だけど、俺がこれを預かって、きちんと処分すりゃあ、問題ない。俺はな、あんたに幸せになってもらいたいんだ」

 急に人情味溢れることを言い出す咲本に、僕は唖然とする。咲本は一つ溜息を吐くと、女を哀れむような目で見た。

「今まで辛かったんだろう? だったら、今度は幸せになれ。幸せになることが一番の復讐って言うしな」

 さっきとは打って変わって、女から殺気が消えていた。悄然とした面持ちで、視線の落としている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

パラサイト/ブランク

羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

【完結】知られてはいけない

ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。 他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。 登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。 勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。 一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか? 心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。 (第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)

182年の人生

山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。 人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。 二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。 (表紙絵/山碕田鶴)  ※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「64」まで済。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

百物語 厄災

嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。 小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。

ラヴィ

山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。 現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。 そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。 捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。 「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」 マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。 そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。 だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/3/6:『よふかし』の章を追加。2025/3/13の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/5:『つくえのしたのて』の章を追加。2025/3/12の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/4:『まよなかのでんわ』の章を追加。2025/3/11の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/3:『りんじん』の章を追加。2025/3/10の朝4時頃より公開開始予定。 2025/3/2:『はながさく』の章を追加。2025/3/9の朝8時頃より公開開始予定。 2025/3/1:『でんしゃにゆられる』の章を追加。2025/3/8の朝8時頃より公開開始予定。 2025/2/28:『かいじゅう』の章を追加。2025/3/7の朝4時頃より公開開始予定。

焔鬼

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

処理中です...