咲本翔琉は僕を巻き込む

箕田 悠

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同情の春

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「コロコロ変わり過ぎて、わかんねぇんだよ」

 呟く咲本を無視して、僕は再び下駄箱に向かって歩き出す。
 とにかく、僕は急いでいた。往復の時間を考えると、そう悠長にはしていられない。

「なぁ、祐智」
「もうっ、なに?」

 しつこいな、と僕は眉間にしわ寄せ振り返る。
 そこで僕の足は、完全に止まった。

「ビロード葵の春季限定、桜マシュマロだ」

 紙袋を持ち上げ、横に揺らす咲本。その卑しい笑みはまるで、権力や金をちらつかせる富豪となんら変わらない。
 その手には乗るもんかと、僕は奥歯を噛みしめ視線を逸らす。今年こそは、平穏無事な生活を送ると決めていた。それに桜味は、同様の手口で咲本から貰って食べている。

「ちなみに今年はサクランボ味もある。これは数量限定アソートタイプだ」



 釣られた。でも後悔はない。
 そんな風に思わせる魔力が、ビロード葵の限定マシュマロにあった。
 サクランボジャムが、マシュマロの中心部に隠されていて、噛むと広がる甘酸っぱさ。桜の爽やかな味とはまた違った、春の趣を感じさせられる一品だった。
 一袋六個入り、千円という高価な値段にもかかわらず、販売日には一瞬で売り切れてしまう人気の品だ。
 たとえ販売されていたとしても、僕のお小遣いでは簡単には手が出せない。そこで咲本は僕をこうして巻き込みたいときに、使う餌として活用している。
 その手には乗らない。そんな強い意志を抱いていても、限定マシュマロを前にしたら尻尾を振らずにはいられなかった。
「俺、桃太郎じゃん」と、満足そうな咲本に腹を立てたのは、一度や二度じゃない。

「今日は何? 門限七時だから、それまでには帰るから」

 僕はマシュマロを食べながらも、あらかじめ宣言する。
 門限なんてものは、うちにはない。だって僕は、親が心配するような時間に帰ったことがあまりなかったのだから。
 だけど、こうでも言わないと、咲本はいつまでも僕を連れ回す。

「祐智が逃げ回るのがいけないんだろ」

 駐輪場に止めていた自転車を回収し、跨がった所で咲本が呟く。
 それから咲本に連れてこられたのは、学校から自転車で三十分以上かかる場所にある山だった。
 ハイキングコースとしても有名で、道もきちんと舗装されている。広い駐車場に加えて、自販機も設置されていた。
 小さい頃はよく両親と来ていたけれど、最近は、滅多に足を運ぶことはなかった。
 山を見上げ、僕は懐かしさと同時に不安を覚えていた。
 日が延びたとは言ってもまだ春だ。五時過ぎには薄暗くなる。これから登るにしては、帰りは危ないはずだった。

「もしかして、これから登るつもり?」

 僕は不安を口にする。
 咲本の場合、こちらから聞かないと何の情報も得られないまま巻き込まれる。

「まぁな。でも、そんな遠くはないから」

 早々に自転車を止めて、咲本が山道に向かって歩き出す。日暮れ前ということもあって、僕たち以外は下りる人の姿が目立つ。
 そんな中で、ブレザー姿で山を登っていく僕たちは浮いているに違いない。

「ねぇ、何しに行くの?」

 遠くないとは言っても、咲本の中での遠くないは信用出来なかった。

「山桜を見に」
「嘘だ。桜なんて興味ないじゃん」

 咲本がそんな風流なことを思いつく人間じゃないことぐらい、一年以上付き合ってきた僕には分かる。

「興味ないだなんて、俺は一回も口にしたことがねぇじゃん。祐智、嘘吐くな」

 まるで僕が嘘つきだとばかりに、横目で僕を見る咲本。言った言わないの水掛け論を避ける為に、僕はあえて、千歩譲って、口を噤む。
 そこから十分ほど歩き、時の流れに連れて空も薄暗さを増していく。そんな中で、咲本は舗道を逸れて獣道に足を踏み入れた。
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