1 / 72
同情の春
1
しおりを挟む息を切らしつつ、僕は左右を見渡した。
それから素早く下駄箱を開け、何もないことを確認して一度は安堵する。
第一関門クリア。それから早々にスニーカーに履き替え、焦りでもつれそうになる足で一歩踏み出した。
「ゆうちー」
突然、背後から声をかけられ、声を上げそうになるのを辛うじて呑み込む。
恐る恐る振り返ると、クラスメイトの孤田がいた。
「ヨッシーが理科室に来いってよ」
ヨッシーは理科の講師で、本名は吉川だ。だけど緑色のネクタイばかりしているせいか、みんなからヨッシーと呼ばれている。
「嫌だ……僕はもう騙されない」
孤田から目を逸らすことなく、僕は後ずさる。きっと、孤田はすでに買収されているはずだ。
この一年間、僕は幾度となく罠にかかってきた。今年こそは、静かな学生生活を送りたい。
「落ち着けって。本当にヨッシーが呼んでるんだよ。テストの解答用紙、忘れてったらしいじゃん。俺が受け取っても良かったんだけど、祐智が可哀想だから直接渡すって、断られたんだよ」
孤田が眉尻を下げて、心底呆れたように言った。僕は慌ててスクールバッグを引っかき回す。
確かにテストの答案用紙が、どこを探しても見当たらない。良い点だったらまだしも、あれは僕の十六年と十一ヶ月の人生のうちで、最悪な点数のやつだった。
新学期早々にテストを出すという、ヨッシーの人格も疑いたくなるところだけど。
「まぁー祐智が良いなら、俺が貰ってくるけど」
孤田の特徴的な一重の鋭い目が、僕を見つめる。しばしの膠着状態。これが本当の話なら、実にまずい展開だった。
孤田のことだから、僕の悪いテストの結果を言いふらすに決まってる。それが分かっているから、孤田の目が少しだけ意地悪そうに孤を書いているのだろう。
「わかった。行くよ」
これが罠だとしても、テストの点をバラされるよりはマシだ。
僕は諦めて、スニーカーからスクールシューズに再び履き替える。
「そんなに嫌ってやるなよ。友達に避けられるって、結構キツいもんだからさー」
「やっぱり……咲本じゃんか」
僕が睨み付けると、孤田が肩を竦める。
「ヨッシーだってば。俺って、どんだけ信用ないの」
日頃から嘘しか言わないからいけないんだという言葉を呑み込み、嘆く孤田を残して理科室へと向かう。
重い足取りで二階に上がり、廊下の一番奥にある理科室へのドアを開ける。
黒い長机が並んだ窓側。そこに想像通りの人物の姿が目端に映り込む。
もちろんヨッシーじゃない。ブレザー姿で窓辺に腰掛け、長身を持て余したようなキザっぽい姿は間違いなく咲本だった。
「遅かったな。もう少しで飛行実験が行われる所だった」
咲本の手には紙飛行機。僕の答案用紙に間違いない。
「良いよ。飛ばせるもんなら、飛ばしてみなよ。もう二度と口聞かないし、目も合わせない。いない存在として扱うから」
僕はそう言いながら、咲本に近づく。わかりきった展開でも、僕は苛立ちを隠せなかった。
「わーかったよ。ほら」
そう言って、紙飛行機を僕に向かって飛ばす。墜落寸前で僕は、それを見事にキャッチする。
「祐智が逃げるのがいけないんだろ。せっかくまた、同じクラスになれたってーのに」
ふて腐れたように呟き、窓から腰を上げる咲本。僕は用が済んだとばかりに、ドアへと向かう。
「祐智、付き合えよ」
「嫌だ。僕は用があるんだ」
すげなく返すも、咲本は「なんでだ? デートか?」と聞いてくる。
「今日は澄子さんと会う約束してるんだ。咲本に付き合ってる暇はない」
「はぁ? お前、こないだ清子だっけ? 付き合ってたんじゃなかったのか?」
僕は足を止めて振り返る。それから僕より頭一つ分高い背を忌々しくも見上げ、「清子じゃない! 清美さんだ」と訂正する。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
【完結】知られてはいけない
ひなこ
ホラー
中学一年の女子・遠野莉々亜(とおの・りりあ)は、黒い封筒を開けたせいで仮想空間の学校へ閉じ込められる。
他にも中一から中三の男女十五人が同じように誘拐されて、現実世界に帰る一人になるために戦わなければならない。
登録させられた「あなたの大切なものは?」を、互いにバトルで当てあって相手の票を集めるデスゲーム。
勝ち残りと友情を天秤にかけて、ゲームは進んでいく。
一つ年上の男子・加川準(かがわ・じゅん)は敵か味方か?莉々亜は果たして、元の世界へ帰ることができるのか?
心理戦が飛び交う、四日間の戦いの物語。
(第二回きずな文学賞で奨励賞受賞)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
182年の人生
山碕田鶴
ホラー
1913年。軍の諜報活動を支援する貿易商シキは暗殺されたはずだった。他人の肉体を乗っ取り魂を存続させる能力に目覚めたシキは、死神に追われながら永遠を生き始める。
人間としてこの世に生まれ来る死神カイと、アンドロイド・イオンを「魂の器」とすべく開発するシキ。
二人の幾度もの人生が交差する、シキ182年の記録。
(表紙絵/山碕田鶴)
※2024年11月〜 加筆修正の改稿工事中です。本日「64」まで済。

禁忌index コトリバコの記録
藍沢 理
ホラー
都市伝説検証サイト『エニグマ・リサーチ』管理人・佐藤慎一が失踪した。彼の友人・高橋健太は、佐藤が残した暗号化ファイル「kotodama.zip」を発見する。
ファイルには、AI怪談生成ブログ「コトリバコ」、自己啓発オンラインサロン「言霊の会」、そして福岡県██村に伝わる「神鳴り様」伝承に関する、膨大な情報が収められていた。
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。
百物語 厄災
嵐山ノキ
ホラー
怪談の百物語です。一話一話は長くありませんのでお好きなときにお読みください。渾身の仕掛けも盛り込んでおり、最後まで読むと驚くべき何かが提示されます。
小説家になろう、エブリスタにも投稿しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる