去りし記憶と翡翠の涙

箕田 悠

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第四章

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 天野は一瞬呆気に取られるも、ヒスイの事だから幸朗が最後に望んだ事をあえて否定せずに、首を縦に振ったのだと考えれば腑に落ちた。

「そうですか……」

 天野は憶測は述べずに、静かに肩を落とす。何か他に尽くす手は無いだろうかと、必死に思考を巡らせる。

「……お前さ、どんだけお人好しなんだ。もし俺が思い出したとして、お前になんの得があるんだ?」

 考え込む天野に対し、ヒスイは呆れ返っているようだった。ヒスイの言うことはもっともで、ヒスイが思い出さない方が天野にとっては好都合なのは確かだ。
 ヒスイは何かにつけて天野の中に、幸朗の面影を探そうとしていた。その度に嫉妬していたのも否定出来ない。幸朗に似ていると言ったり、似てないと言ったり。幸朗の事を知らない天野からしてみれば、肯定も否定もすることの出来ない部外者だと実感させられる一方だった。
 埒が明かない状況に天野はどうするべきか考えあぐねていると、襖の外から「ヒスイ」と小さく問いかける声が聞こえ、二人同時に視線を向ける。
 呼ばれたヒスイが小さく溜息を零すと、静かに立ち上がった。部屋の襖を開け、身を滑り出すようにして外に出ると襖が閉じられる。そこまでして、この部屋の中を知られたくない理由が、天野には分からない。
 理由に結びつく手がかりはないかと、天野は周囲をゆっくりと見渡していく。さっき入った時と変わらず、見慣れない草花や中身の分からない瓶に入った液体ばかりだ。
 恐る恐る机の上に近づき、書物に視線を落とす。日に焼け茶色く変色している紙面には、薬草の絵とその植物の効能や特性が書かれている。「咳止メニ効能アリ」と書かれた箇所を見つけ、幸朗の為に薬を調合していたのではないかと疑問が湧き上がった。

「分かりもしないくせに、見たってしょうがないだろ」

 いつの間にかヒスイが戻ってきて、天野の姿を見るなり眉を顰めた。

「咳止めの薬を作ろうとしていたのですか?」
「どうしてそのぺーじを開いていたのかなんて覚えてない。たまたまじゃないのか」

 ヒスイにそう言われてしまえばそれ以上の事は天野に知るすべがなく、どちらにしてももう遅い事のように思われた。

「そんなことより、ミヨとミコが腹が減ったってさ。呑気なもんだよこんな時に……お前も朝から何も食ってないんだろ。どうせ直ぐに出ていきそうもないし、この話はまた明日にするから」

 ヒスイの言葉に思い出したかのように急激な空腹が襲いかかり、天野は素直に頷いた。

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